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2008年5月

2008年5月31日 (土)

『PUNISHER』第16話感想

 迷った時には、第1話から読み返せ。

 コレも、PUNI者ERの基本である。

 第1話から、アルトとミルキィが太陽の下で手を握り合って、「二人の旅」が始まるまでの「序章」部分は、何回読み返しても圧巻である。
 これからこの魅力的な二人の冒険が始まるのだ、という期待感に、私だけではなく、すべての読者が胸を高鳴らせていたはずだ。

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 ぼくは彼女と約束したんだ
 きみの輝きで ぼくを夢中にさせておくれよ
 ぼくには これからやらなきゃならない計画がどっさりあるんだ

 見つけたよ
 これがそう
 めぐりあえた
 これがそう これがそれなんだ 
 彼女のことをずっと待っていたものは
  (『This Is The One』/THE STONE ROSES)

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 コレから、新しい「なにか」が始まる、と言う、あの高揚感。
 チャンピオンファンの期待を一身に受けて、いよいよドライブしようとしていた『PUNISHER』…のはずだった…のに…。

 ルウォール編が話数を重ねるにつれて、一部のチャンピオン系サイト・ブログの中での『PUNISHER』の評価は、次第に微妙なモノになっていく。

 ココで、全パ連会員の一人として、また、極右セクト「革パニ派」代表として、改めて、ルウォール編の流れを冷静に見つめ直してみたい。

  水の都ルウォールに辿りついたアルトとミルキィ。
 →①アルトを追いかける昔馴染みのカッツの登場。
 →②水入りをはさみながらの、アルトとカッツの戦い。
 →③スキ様と三人の出会い。

 思いっきり整理すると、以上のようになる。
 この間に、ミルキィの過去の一端を暗示させるエピソードや、『PUNISHER』の世界観の根幹にかかわるであろう、「死神の壁画」が登場したりもしているが、①から②は、③の「スキ様の目の前に、アルとたち3人を連れてくるため」に、どうしても必要な流れだったと言える。
 今まで何の接点も無かった、「無名の存在のアルトたち」と「王女にして『八戦聖』、この世界の核心に近い場所にいるスキ様」とを結びつけるために。
 たとえばウォーゼルが、この両者の邂逅を仲介してあげれば、今までのルウォール編のエピソードの中で、かなり「省略」出来た部分もあったかもしれない。
 カッツというキャラクターの紹介、ミルキィの過去、「死神の壁画」、スキ様との邂逅。これらは、物知りでおしゃべりな解説役がでしゃばってくれれば、もっと手際よく「消化」されたかもしれない。しかし、佐渡川先生は、地図も羅針盤もガイド役も抜きで、これらのエピソードを紹介する展開を選択した。
 佐渡川先生は、便利なガイド役や、重宝なナレーションで、主人公たちをお手軽に「世界の核心」に連れて行く、と言う、「横着な手法」を今まで拒否してきたように私には感じられる。

 第1話の、それも巻頭1ページ目、将来のアルトとミルキィの波乱万丈の旅を暗示するカットの中に、今週号、第16話で初めて顔を見せるウォーゼル…じゃなかった、超人ワンダーのシルエットが、すでに登場している。
 佐渡川先生が、『PUNISHER』の連載当初から、この物語のかなり先までを構想し、準備していた事が伺える、ひとつの証拠である。
 今回、誰もが度肝を抜かれたであろう超人ワンダーの登場は、予定通りの出来事だったのだ。

 今、私は、大笑いしつつ、なぜか安心している。
 今まで私は、『PUNISHER』と言う作品を、誤解していたのだろう。
 コメディ的要素を持ちながらも、「ヒロイック・ファンタジー」として、根底にはシリアスな世界観を持った作品。
 それは確かにそのとおりである。第1話を読んだ時以来のその印象は、間違ってはいない。
 『PUNISHER』と言う作品は、その上に、前作『無敵看板娘』で遺憾無く発揮されたギャグのセンスをも、遠慮無く盛り込もうとしている。
 そう。遠慮する必要はどこにも無い。

 「ヒロイック・ファンタジーで、コレはないだろう」と言う意見がもしあるのなら、私はこう返したい。
 「今まではなかったかも知らんが、『PUNISHER』以後は、ソレもアリになるんだよ」と。

 「ヒョウタンツギ」や「手塚キャラ・スターシステム」も含めて、『ブラックジャック』と言う作品の世界観が形づくられていたように、超人ワンダーも、『PUNISHER』と言う作品の世界観のなにがしかを構成していく一要素なのだから。

 個人的な予想では、このウォーゼル…もとい、超人ワンダーは、今後、鞍馬天狗のように、要所要所でアルトたちの窮地に登場し、膠着状態を打開する「スーパーサブ」的なキャラクターとして活躍していくのではないか…そんな気がする。
 周りにツッコまれながらも、高笑いとともに軽々と主人公たちのピンチを救い、ソレでいて、蔭では思慮深い横顔も垣間見せる…言ってみれば、ジョーカーのような存在。
 彼には、キャラクター間の齟齬や対立を緩衝する、接着剤のような役割も期待出来そうな気がする。現に、彼のおかげでカッツはスキ様の天神力から解放され、スキ様も「機知とユーモアを理解出来る」一面を見せるコトが出来たし。
 さらに言えば、ウォーゼルには、『PUNISHER』世界の謎や伏線を、作中でおいおい解きほぐしてもらうという、重要な使命を期待したい。今までガイド役が不在だった『PUNISHER』世界において、得がたい存在になるのではないか。

 目的地は、はじめからすでに用意されている。
 遠回りに見えても、アルトたちは、確実に「世界の核心」に少しずつ近づきつつある。
 何度も言うが、焦る必要はどこにも無い。 

 まだ先行きは全く読めず、アルトと「少女」の物語は、今始まったばかりですが、チャーミングで、シリアスな輝きに溢れた作品になるはずだ、と信じています。

 『PUNISHER』第1話を読んだ後に、私自身が書いた感想である。
 この感慨は、今でも揺るぎないが、「チャーミングで、シリアスな輝きに溢れた」、その後に、今、付け加えなければならない言葉がある。
 「そして、笑えて、私たちが窮屈にも思い込んでいるよりも、もっとずっと自由な世界観を用意している」作品だ、と言うコトだ。

 最後に、チャンピオンファンにとってはわかりやすいだろうひとつの例を挙げて、来週号のPUNISHER』をどのような心境で待つべきか、語りたいと思う。

 チャンピオンが誇るダーク・ヒーローの一人、秋山醤(ジャン)を思い浮かべて欲しい。
 ジャンが料理を作っている間、観客やライバルたちは例外無く、「おいおい、そんなのアリかよ」「一体どんな料理が出来るんだよ?」と狼狽する。
 第三者にはジャンがどんな料理を作ろうとしているのか、料理の過程を見ていてもさっぱり見当がつかない。みんな、自分の経験や知識に照らして、ああでもないこうでもない、と喧々諤々予想をたたかわせるが、ジャンの料理が完成した時、それらの予想はみんな裏切られる。
 ジャンがどんな料理人か知っている審査員は、彼が魔法使いであるコトを疑わない。
 彼らはみな、ジャンが今作っている料理の魔法に心を奪われ、ソレを食する瞬間を、文字通り涎を流しながら待ちわびているではないか。

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 ああ 彼女がぼくのこと 信じていてくれたらなぁ
 ベローナ 素敵な女の子
 ぼくのこと ボロボロにしてしまうか それともいっそ ぼくを連れて帰ってしまっておくれよ

 見つけたよ
 これがそう
 めぐりあえた
 これがそう これがそれなんだ 
 ぼくがずっと待ちわびていたものは

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2008年5月30日 (金)

ひとり「革パニ派」宣言!

 全パ連会員のみなさん、こんばんは。
 「全パ連(全国PUNISHER団体連合会)」関西顧問・兼・極右セクト「革パニ派(日本革命的PUNI者ER同盟)」代表のPAN太です。
 愛読紙は日刊ゲンダイ、マンガは少年チャンピオン、ビールはやっぱりヱビス一択!

 みなさん、今夜もパニッシャーしてますかっ?
 会員だったら「一日一パニッシャー」、コレ基本ですよ!

 転がるPUNI者ER(注)に苔は生えない。
 すべてのPUNI者ERは『PUNISHER』に通ず。
 万国のPUNI者ERよ、団結せよ!

 いかん、ナニ言ってんのか自分でもわからなくなってきた。

 注…PUNI者ER=パニッシャーと読む。『PUNISHER』ファンをこう呼ぶ(嘘)。

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 毎度のコトですが、コメント返信遅れていてすいません!もうちょっと待っててくださいね。

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 今日、ようやっと、ラブレターを投函してきました。
 …これまでに、ハゲる思いで書いては破り、書いては捨てした便箋、合わせて100枚以上!
 この想い、届いてくれるだろうか…。

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 マブダチの 鈴かすてらさん(ふふふ、もうマブダチです!)と、「横乳の女の子」というお題で絵チャした時のです。
  ↓ 『PUNISHER』のミルキィ…にしては乳が (; ・`д・´) 
Milky_nikki04_2
 あと3年くらいしたら、ミルキィもきっとこんなふうに (*´Д`) という図。
 すんません、おっぱい星人ですいません
 例によって、鈴かすてらさんの絵は、バッチリ保存して、個人的に楽しませていただいてます!

 あと、このブログのサイドバーに、私個人で借りた「らくがきチャット」へのリンクを貼りました。
 絵の練習をしている時や、ネットサーフィン時に入室しているかもしれません。
 もし、PAN太さんが入室しているのを見かけたら、一緒にお絵描きするもよし!
 チャットでお話するもよし!
 お気軽に声をかけてやってください。
 私がいない時でも、絵の練習とかに、自由に使ってくださって結構ですよ。その時は、ギャラリーに絵を残していってくださると、とってもうれしい。
 今のところ無料版なので、お絵描きスペースが小さいのが難ですが…。じきに有料版に切り替えたいと思ってますんで! 

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 ↓ 『狼と香辛料』のホロ らしい
 Horo
 自分で描いといて「らしい」などと言うのは、実は私、まだアニメ観てないんですわ。すいません。
 鈴かすてらさんのオススメで、アニメを観た嫁は、かなりハマりました。
 聞けば、ホロ役は、ナージャ 神無月めぐみ役の小清水亜美さんだそうで…。
 話を聞いているだけで、「観てしまったら、絶対ハマりそうな予感」がするので、あえて観ないようにしています…。

 イヤ、わかってますよ。

 私、絶対、人生損してますわ。

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2008年5月28日 (水)

『PUNISHER』第15話感想

 いやあ、 改めて数えてみても、今回でまだ15話目なんですね。 

 ただの「ウザキャラ」だとばかり思っていたカッツだが、今週号(25号)を読んで、考えを改めました。
 イヤ、カッツええわ。
 惚れたわ。
 「相手が王族だろうが庶民だろうが」お構いなし。
 「相手を見て物を言う」というコトが出来ない漢(おとこ)。
 彼は、「自分のエゴ」以外の何に対しても、絶対に膝を折りはしない。
 馬鹿を承知で言わせてもらうが、カッツには、ロックン・ロールを感じる。
 私は今、アルトの真逆をいくカッツ=ファイアボウルというキャラに、ゾッコンLOVEである。

 一方、いよいよ動き出したスキ様(この方にはなんでか「様」をつけてしまう)ですが、
 今んとこ、ヤな女ですね~~~。
 筋は通っているかもしれない。良識の代表者、国民統合のアイコン。みんなの期待と信頼を一身に背負って、愛されながらまっすぐに生きてきたのだろう。
 しかし、その「まっすぐさ」「正しさ」が、どうにもこうにも対処に困る。
 ウォーゼルさんにも共通する、「えらい人」特有の「どっかなんかが欠けている」感が匂ってくる。
 だけど、巨乳なんだよなあ…。
 憧れ女性ちぇっくで、「おっぱい星人の国王」と診断された私としては、やっぱりそれでもスキ様を憎みきれません!
 その巨乳に免じて、もう少し様子を見させていただく所存です。

 うっかりとおっぱいの話になるとキリがなくなるので、このへんで。

 肝心のストーリーのコトですが。

 予想としては、カッツvsスキ様が一段落するまで、あと最低2週。
 スキ様と、アルト・ミルキィ・カッツの会見(ウォーゼル~ティリからの書簡の内容についての説明があるか?)、そして、「海(そと)からの脅威」についての説明に、さらに最低3週、と私は読んでいる。 

 この予想に、「…冗談だろ…」と突っ伏してしまった人もいるかもしれない。
 しかし、全パ連(全国PUNISHER団体連合会)関西顧問として、言わせていただこう。

 何をそんなに焦っているのか?と。

 『PUNISHER』の「世界」は、アルトとミルキィの二人によって、(少なくともウォーゼルの大雑把な予想では)変わるコトを期待されている「世界」である。
 今までは、「この世界」の成り立ちも過ぎ越し方も見えず、さしせまった「危機」も無く、共存し難い「悪」も無く、一見平和で、どうして「この世界」が変わらなければならないのか、そもそも「この世界」は変わるべきなのか、そのあたりが読者にはまったく見えてこなかった。
 スキ様の登場で、初めて「この世界」の「過去」と「これからやってくる危機」の一端と、もしかしたら、アルトたちがこれから戦うべき(PUNISHすべき)「敵」が見えてくるかもしれない。

 アルトという少年は、争うことを怖れるあまりに、今まで自分の可能性を粗末にしてきた。
 他人様に迷惑をかけたり、波風を立てるくらいなら、おとなしく禁固刑に服してしまおう、と考えてしまうくらいの、度し難いほどの穏健さ。
 見ていてもじれったいくらいのアルトの優柔不断は、思い出してほしい、第1話、寒風吹きすさぶ船上で、震えるミルキィに自分の毛布を与えた、救いがたいやさしい心と根は一緒なのだ。
 およそ人間の世界では生きづらいコトこの上ないアルトの性格は、ヒロイック・ファンタジーという「風呂敷は広げてナンボ」の世界で主人公を張るには、ふさわしくないように見える。
 要領がよく、「ラクしてズルしていただきかしら♪」な人生をひた走る、『PUNISHER』一の頭脳派ミルキィは、出来心と能天気と言うに言えないトラウマで出来ているヒロイン。
 カッツにいたっては、自分のエゴ以外のためには絶対に旗を振らない、「非法」に生きるヤンチャ坊主。
 今のところ、彼らはまだ何者でもない。名も無い路上で出会い、流されるように旅を続ける、ちっぽけな存在なのだ。
 「大剣」や「魔法」や「魔導具」という、将来「この世界の帰趨を決する戦い」に参与するための切符を持ってはいるが、まだその自覚は無い。
 彼らがどこから来て、これから何者になるのか。おそらく、アルトやミルキィやカッツの口から、自己紹介のような形で、「自分は何者なのか」と言う過去が語られる可能性は低い、と思う。今後積み重ねられるエピソードの中で、少しずつ、本当に少しずつ、そのへんのコトは明らかになっていくのではないか…と言う気がしてならない。

 無名の個人が「世界の帰趨を直接に左右する」存在になるのは、マンガならともかく現実には困難なコトである。
 その困難を捨象して、主人公たちを直接「この世界の運命」に相対させてしまうのが「マンガ」や「ラノベ」や「ゲーム」の常套手段である。たまたまガンダムを上手く操縦出来たりとか、本人に何の責任も無いところで、この世界の運命を背負わされてしまうとかで。
 これはまったく個人的な想像だが、今のところ佐渡川先生は、その便利な「常套手段」を拒否しているような気がしてならない。
 アルトたちは、直接「この世界の運命」に相対するための「切符」を持ってはいるが、どうもすんなりとはいかないような気がしてならないのだ。
 『PUNISHER』には、単純明快な「勧善懲悪」は無い。
 直線的で、わかりやすい性格の主人公もいない(いるのは、じれったいくらいに思慮深く、遠慮しぃな主人公だ)。
 「敵を打倒するコトによってのみストーリーが展開し、勝利するコトによってのみカタルシスを確認出来る」という、少年マンガの一部(大部分?)に独特のイズムを採用していない(ように見える、今のところは)。
 実は私は、「剣」でも「魔法」でも「力」でもなく、アルトの不器用なやさしさや、ミルキィの笑顔こそが、「この世界」を変えてゆくのではないか、などと、ポエミィな想像をめぐらしてしまっている始末なのだ。

 アルトやミルキィの個人的事情による「旅の目的」は、いつか否応なしに「この世界の帰趨」に結びついていくと予感させられるが、その時、彼らはどんな存在として描かれることだろう。
 私は、第1話の、アルトのやさしさやミルキィの仕草に、泣きたくなるほどのいとおしさを感じてならない。
 これから、彼らがまだ見たコトも無い世界を切り拓いていくときも、彼らはあの時のように、やさしくもちっぽけな存在のままでいられるのだろうか。

 自分は何者で、どこから来て、これからどのような形でこの世界に関わっていくことになるのか。
 私たち自身、そんな途方も無い問いには、自分では答えようもなく、自分以外の誰かがナレーションと言う形で語ってくれるわけもない。
 私たちの世界は、どんな歴史を背負っているのか。目に見えないところで、今、どんな危機を孕んでいるのか。どんな価値観を地軸にして、世界は回転しているのか。私たちのほとんどが、自分たちの世界がどんな形をしているのか、説明のしようも無いのだ。
 しかし、私たちは、自分たちのこの世界を味わうコトは出来る。
 人生でナニが謎かといって、自分は何者なのか、この世界は一体どんな形をしているのか、これほどの謎はないだろう。私たちは「世界」を満喫しようとして日々生きているが、「世界」を解き明かそうとして生きている人はほとんどいない。
 おおげさな話ではない。じつは、「世界」を語ろうとする人は、その時すでに、「世界の運命」に相対しているのだが。

 『PUNISHER』の作品世界に対して、「謎を解くヒントがなさすぎる(伏線が回収されていない)」、「物語が動かない」と言う指摘がある。それは、無理やり置き換えて言えば、私たち自身の世界において、「自分が一体何者なのか」「この世界はどんな形をしているのか」と言う謎に、誰も答えてくれないという、不得要領な現実に対する苛立ちに似ているような気もする。
 『PUNISHER』と言う作品では、今のところ、「主人公たちが何者なのか」「この世界は一体どんな形をしているのか」、それらの謎について、登場人物が問わず語りに告白してくれたり、狂言回し的キャラが外野から饒舌に解説してくれたり、便利にも何でも知っているナレーターが説明してくれたり、というコトをしようとしない。
 やればイイじゃん。便利ですやん。
 他のマンガはたいていやってるよ。
 なのに、なんでか、問わず語りも狂言回しもナレーターも、今のところ『PUNISHER』では出る幕が無いのだ。
 コレは決して偶然ではないだろう。

 アルト、ミルキィ、カッツたちは、今は「世界」を味わっている段階であり、「この世界」の「核心」に接近する、まだその手前にある。
 繰り返して言うが、『PUNISHER』において、アルトたちは今、「世界」を味わっているだけの、私たちと同じ無名の存在の段階である。
 地図も無く、羅針盤も無く、ガイド役もいないままで、手探りで「この世界」を旅するアルトたちの不安は、私たち読者の不安でもある。
 この不安は、アルトたちとともに、私たちが今、味わっておくべき不安なのだ、と私は思っている。

 マンガと現実はもちろん違うし、マンガには現実世界では達成不可能なドラマ・トゥルギーを展開して読み手をカタルシスに導くという使命もあるかもしれない。

 しかし、今、私は、あえて言う。
 全パ連会員にして、極右派(ミルキィのふともも&スキ様の巨乳はエロい派)の私が、暴論を百も承知で言う。暴論・極論は、つねに極右が引き受けるべき役割だからだ。 

 謎も伏線も背景も、作品中で明らかにされるまでは、自分で想像しろ。

 と。
 アルトたちが、今はとまどいながらも「この世界」を味わっているように。
 「この世界」が、アルトたちが近づいてくるのを待っているように。

 どんな気持ちがする?
 地図も羅針盤もガイド役も無い旅は。

 焦らずとも、物語は確実に動き出している。
 改めて、『PUNISHER』第1話から読み返してみると、ここ数週、私はナニを不安に思っていたのか、と不思議に思う。
 物語のギアは、今まさに、セコンド・ローからシフトアップしようとしている段階であり、これから明かされるべき謎、語られるべきエピソードはたくさん控えている。
 『PUNISHER』第1話の感想にも書いたが、この作品には、アルトの「今日明日を生き抜くために殺生した僕は罰をうけるのか…?」と言う台詞に暗示される、「もうひとつのテーマ」も隠されている。
 伏線は、「回収」されるモノではなく、これからまさに「収穫」される時を待っているところだ。

 まずは、カッツvsスキ様の決着を待ちたい。

 でも、でもね、
 単行本に収録される時は、












  「金八先生」



 コレだけはなんとかしてください…。

 お願い…無かったコトにしてください…。

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2008年5月23日 (金)

続・『豚か狼か』&『秋田で始まり、秋田で終わる』合同クロスレビュー感想

第2回/この二人はいったい何者なのか

 一年近く前、宇都宮勇さんのサイトの掲示板に書き込んだ自分の文章のことを思い出したので、以下に転載させていただく。
 
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 同じ「好き」「嫌い」を語るにしても、宇都宮さんの文章には、「マンガ」全体に対する愛とか熱とかがバッチリあるので、読んでて共感させられっぱなしです。
 先頃の、「マンガに対して『単なる娯楽』にしか思っていません。」と言う台詞も、私は、「たかがマンガ。だけど、そいつが好きで好きでたまらないんだ!」と言う意味なのだろうなあ、と、勝手に解釈して読みましたが。
 「たかがマンガ」「大好きなマンガ」だからこそ、本気だし、妥協出来ない、と。コレって、深読みしすぎですかね。でも、私みたいな奴は、どうしてもそう読んでしまうんです。

 私の個人的な好みで言えば、「冷静で公平で客観的」なレビューと言うモノには、あまり魅力を感じません(第一そんなモンが存在するとも思えませんが)。自分の感性や価値観に懸けて、本気で好き嫌いを言い立てるレビューの方が絶対に面白いし、読む方も気合いが入ります。

 コレは極論かもしれませんが、私は、レビューと言うモノは、その作品を切り口にして、結局、レビュアーの嗜好や感性や価値観を「告白」しているモノだと思っています。だから、他の方のレビューを読むのは、無茶苦茶面白いのです。
 マンガのレビューに限ったコトではなく、ソレがナニについて書かれた文章にしても、「程の良い表現」、「歩留まりのイイ表現」なんてモノに、私は魅力を感じません。そんなモン、ナニも語ってないのと同じだと思うので。
 例えその文章の内容が、「『ヤンキーフィギュア』つまんねえ」とか「『クローバー』面白え、泣けたよ!」とかでも、読んでるコッチが、笑ってしまったり、感動してしまったりしたら、ソレはレビューの勝利だと思います。レビュアーの感性、価値観の勝利なのだ、と。勝ちとか負けとか、言ってるコトがちょっとオカシイような気が自分でもしますが。

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 自分で引用していて気恥ずかしくなるほどの、手放しのラブ・コールである。
 上記の文章には、もしかしたら宇都宮さんのレビューに対する、私のとんでもない誤解も含まれているかもしれない。
 しかし、私が宇都宮さんの文章のどこに魅力を感じているのかはわかっていただけると思う。
 自分の言い分になぞらえていえば、宇都宮さんについて語っているようで、結局は、私自身の「魅力的なレビューとは」と言う考えについて「告白」しているだけ、と言えば言えるかもしれない。

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 宇都宮さんの文章は、「好き」「嫌い」のレベルにとどまらず、ヒトやモノや事象に対して「自分はソレらと、どう言う関係を取り結んでいきたいのか」と言う「意志」が感じられる点が素敵です。
 うすっぺらな「公平さ」や「客観性」に逃げない、「意志」を感じさせる文章。
 宇都宮さんや、人面犬さんもそうですが、私は、こう言う文章を書く人が大好きなんです。

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 今、引用した文章は、今年の2月に私のブログで書いた一節である。
 宇都宮さん、人面犬さんのサイトをご覧になっている方に、通じるだろうか、と言う懸念を抱きつつ、引用している。

 今のところ、私は、「漫キチ4大要素」の「理」・「知」・「情」・「意」のうち、「情」と「意」の2点に偏った視点から、お二人について語りすぎているきらいはある。そのへんの自覚はある。
 他の人は、お二人の文章から、もっと違ったモノを受け取っているかもしれないし、お二人から見たら、私の抱いている感想は、的外れなモノかもしれない。
 それでもいい、と思っている。
 私は、あなたが本当に欲しいと思っているモノを、あげられないかもしれないし、
 あなたが私に手渡してくれるモノが、私が本来望んでいたモノとは限らない。
  
 しかし、私は何かを読み誤るコトはあるかもしれないが、二人の文章の奥底にある、マンガに対する「愛」については、しっかりと受け取っているつもりである。

 たとえば、『フルセット!』や、『LOOK UP!』についてのレビューで、彼らの「マンガ愛」と「マンガ眼(EYE)」は本領を発揮する。特に、『LOOK UP!』第1話の段階で、この作品を高く評価していた二人の慧眼は、ただ事ではない。

 この、マンガに対する「愛」というやつ、あまりに膨大な熱量を持っており、うかつに近づくと火傷をしそうなくらいであるが、この「愛」が、その熱量のままにひとたび「憎悪」に暗転するや、宇都宮さん、人面犬さんのレビューは容赦が無くなる。
 『ゾクセイ』『ペンギン娘』に代表される「マンガに対する愛情や、読者に楽しんでもらいたい・愛されたい、というサービス精神が見えてこない作品・作者」に対するレビューの対決姿勢は、すがすがしいまでに非妥協的であり、執拗である。

 この「執拗」というキーワードが、二人の特長を端的に表現している、と、私は思う。
 
 人面犬さんの「批評の現在と批判の可視化」というトピックは、彼ひとりではなく、(私以外の)たいていのレビュアーがくぐり抜けている作業について書いてある、と私は了解している。
 このファーストインプレッションを、第三者に説得力あるモノとして具体化する作業を「可視化」と名づけたのは、さすが、としか言いようがない。

 チャンピオン系漫キチ界随一の理論家の面目躍如。

 この「可視化」という作業は、作品や作者に対するファーストインプレッション=「好き嫌い」をベースにして、そのベースを過去の自分の「マンガ経験(体験ではない)」と、今まで培ってきた自分なりの「マンガ観」に問い合わせながら、検証を進める、という作業である。
 そして、私は、この「可視化」の作業が大の苦手だったりする。
 私の場合、ファーストインプレッション(=初期衝動と呼んでもらってもいい)の状態のまま最後まで突っ走る癖があり、およそ、第三者の共感を呼ぶような文章が書けないタイプの人間である。
 緻密な「論」の積み重ねに堪えられる「知性」を持ち合わせていないせいもあるだろうし、文章力の問題もある。

 宇都宮勇さん、人面犬さんの両者は、この「可視化」の部分において、強烈な個性と才気を発揮する。

 他のチャンピオン系レビューと比較して、この二人が突出しているのは、文章量の長大なコトと、その対象が「好きな作品」・「続きが気になる作品」にとどまらず、「嫌いな作品」・「嫌いな作者」についても、相当のボリュームをあてている、という点である。

 なぜ、その作品が嫌いなのか。
 なぜ、その作品を問題にするのか。
 その作品のどこがネックになっているのか。
 具体的に、客観的に、そして、しばしば継続的に、しかも相当のボリュームでもってそれらの「問題」を「可視化」しようとする。
 人によっては「執拗」にさえ映るかもしれない、そのレビューにおける態度を、私は断然支持する。

 マンガでも音楽でも、その作品から何を受け取ったのか、それを言葉で諒解してもらうという作業に対して、困難を感じない人は愚かである。 
 そして、困難だからといって、言葉が無力だなどと短絡してよいわけでもない。
 言葉を費やせば核心に近づけるとは限らないが、言葉以外のナニでもって他人にそれを伝えられるというのか。
 自分にとってのファーストインプレッション(好きか嫌いか、面白いか面白くないか)を、第三者にも具体的に共有可能なモノとして「可視化」しようとすれば、その態度として「執拗」になるのは必然である。
 彼らは、自分のファーストインプレッションが、第三者にとっても共有可能な「必然」に昇華されるまで、書いて、書いて、書きまくる。

 私のサイトは、某スレで、「世界で唯一、『ヤンキーフィギュア』のイラストをアップしているファンサイト」として認定されている。
 また、人面犬さんからは、勿体無くも、「全パ連(全国PUNISHER団体連合会)関西顧問兼佐渡川準完全肯定派」とまで認定されている。
 その私が、二人の『ヤンキーフィギュア』『パニッシャー』批評には、おおいに頷かされ、その慧眼に敬服してしまうのだ。 

 「作者本人に読まれたら、なんと思われるだろう」
 「この作品のファンが読んだら、傷ついたりしないか」
 こういう遠慮は、分別思慮などではなく、ただの「政治的配慮」である。
 彼らは、そんなモノのために、「面白くない」「ここがネックだ」といった批評を手控えたりはしない。
 そして、見込みのないマンガでも、なんとかして楽しむコトは出来ないか、と、自分のマンガ読みとしての感受性にたずね、不誠実な創作姿勢が透けて見えるマンガには、敵愾心さえ燃やしてしまう。

 天晴れである。
 それでこそ、マンガ馬鹿。それでこそ、漫キチ王。

 ここで、二人が今まで書いてきた文章の中で、個人的に一番好きな文章をそれぞれ挙げてみたい。

 宇都宮さんの過去のレビューの中では、『殺戮姫』についての文章を、是非、読んでみていただきたい。
 この、「好きになるのが難しい」異色の作品について、短期集中連載時にリアルタイムで毎週書かれた感想は、ある意味でドラマチックである。
 話数が進むにつれ、宇都宮さんの『殺戮姫』に対する感想、評価が、少しずつ変わってきているのが読み取れると思う。
 最終回についての感想の文章を読んだとき、私は、不覚にも涙をこぼしてしまった。
 「たかが」マンガが読み手の感受性や価値観を、(ほんの少しだけかもしれないが)拓いていく瞬間を目撃して、感動してしまったのだ。 
 
 人面犬さんの文章では、「秋田書店で描くということ」を是非、ご一読ください。
 私たちファンも含めて、「なぜ、わざわざ秋田書店なのか?」と自問したコトがあるすべての人にとって、必読。
 少年チャンピオンを主戦場に選んだマンガ家さんへの愛が、改めて、胸に熱く湧き上がるコト必至の名文です。

 そんな二人が、『世界一さお師な男 伊達千蔵』と言うマンガについて、同時にレビューしてみせた。

 さあ、
 なにから語ろうか…。

                                   第2回・了(…って、まだ続くんかいっ)   
 

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2008年5月18日 (日)

少年マンガの「楽観主義」

 ※下のんは、ヘッドライン記事で書いたトピックですが、反響が(オフレコで、ですが)ちょこちょこありましたので、あのまま消すのはちょっと惜しいかなと思ったのでこっちに転載します。

 いつか、「J-POP批判」みたいな記事も書いてみたい…。

 とりあえず、今日(5/18)中に、クロスレビュー感想の続きをアップする予定です!
 ゆうだけ番長にならないように、がんばるよ!

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 ──自分で頭を使うのは面倒だったから、編集部に何か適当につけてくれと押し付けたら、「味で勝負」、「味キング」、「味一番」などでどうだろうと言って来たので腰を抜かして、 自分で考えることにした。(雁屋哲『美味しんぼ主義』より)

 と、まあ、こうして生まれたタイトルが『美味しんぼ』だった、というのは、割と人口に膾炙した話だと思う。
 仮に、『美味しんぼ』が『味キング』と言うタイトルで連載がスタートしていたら、歴史はどうなっていただろうか。別にどうもなっていないか。

 しかし、小学館のマンガと言うのは、この『味で勝負』的なセンスのタイトルがつけられた作品がたまにある。

 『なんてっ探偵♥アイドル』なんてタイトルを考えついて、しかも実際にソレで連載をスタートさせてしまう、そんな感受性が私は大嫌いだ。

 『味いちもんめ』や『出るトコ出ましょ!』、『健太やります!』などは、『味で勝負』と完全に同軸上にあるセンスから生まれてきたタイトルである、と、断定できる。

 そして、今現在、少年サンデー誌上で連載中の作品にも、言っちゃ悪いが「タイトルに難有り」と言いたくなる作品が存在する。

 『最上の命医』

 おそらく、「名医」を「命医」と言い換えるコトを考えついた時点で、「うまいコト言った」と思っていたのではないか。
 しかし、ホントは、『究極の命医』とか『至高の命医』とか、そんなタイトルにしたかったんではないか、と想像される。しかし残念ながら、「究極」も「至高」もすでに『美味しんぼ』の色がついた言葉であり、パロディ以外の文脈でこれらの単語を使うのは、分別のあるオトナならためらわれるだろう。
 代わりに使われたのが、「最上」と言う、「事物の等級を表現するには適当だろうが、精神性を表現するには全くふさわしくない」単語…。
 言葉の選び方が、明らかに間違っている。 いっそ、『命医』と書いて「ミコト」と読ませたりするタイトルの方がまだマシだったのではないか、と思ってしまう…。

 各誌で連載中の「医療モノ」作品のタイトルを挙げてみよう。

 『仁-JIN-』
 『医龍』
 『新ブラックジャックによろしく』
 『ゴッドハンド輝』
 『最上の命医』

 少年誌で連載されている『輝』『命医』は、「絶対に患者を死なせないスーパードクター」が主人公。
 この主人公の「無謬性」が、「医療」マンガと言うジャンルが本来持っている可能性を、大きくスポイルしているように思えてならない。人間の生き死にを描く「医療マンガ」で、「死」を描くコトを最初から放棄してどうすんねん、と。
 主人公の医師が患者を救えず、その結果に苦悩するなどというドラマは、今の少年誌では出る幕が無いのだろうか。『ブラックジャック』でさえ、力及ばず患者を救えなかったエピソードがあったというのに。
 主人公の医師は、絶対に患者を死なせてはならない、というのは、一般社会の「右肩上がりに、いつまでも成長し続けなければならない」「失敗や敗北は許されない」という強迫的なメンタリティと、どこかでつながっているような気がしてならない。考えすぎですかね。

 どんなに誠実でも、どんなに努力しても、どんなに誰かを愛していても、それでもどうしようもないコトがこの世にはある。
 人生に対して誠実であればあるほど、その人にとって人生はきびしい。真剣に愛する人間にとっては、恋愛は苦い。それでも、誠実であるコト、努力するコト、愛するコトをあきらめられない。
 『仁』『医龍』の2作品は、「どうしようもないコトがこの世にはある。しかし、それでも」と言う態度を貫きつつ、胸を打つ人間ドラマとしても、また、エンターテインメントとしても素晴らしい作品である。

 それに比べ、『輝』『命医』はなぜ物足りないのだろう。
 少年誌上の「医療」マンガを貫いているのは、「この世には、どうしようもないコトなんかない」、「努力は君自身を裏切らない」、「真剣に想えば、相手にはきっと伝わる、理解しあえる」と言う、おそるべき楽観主義である。
 主人公の無謬性と無垢性(=患者を死なせたコトが無いからイノセンスな存在)を根拠にした楽観主義。
 コレは、昨今のJ-POPの歌詞などにも通じるメンタリティだと思うのだが、こう言う価値観が健全な人間の抱くモノだとは、私にはどうしても思えないのだ。
 百歩譲って、楽観主義でもイイんだが、しかし、現実の世界と違って、マンガの中ではその楽観主義が、自明のごとく勝利してゆく。私はソレが恐ろしい。

 『スラムダンク』のラスト、井上雄彦先生の構想では、湘北高校は山王工業に負ける予定だった。
 湘北高校を全国優勝させようとするジャンプ編集部と井上先生の間で、かなりの応酬があったと言うのは有名な話である。
 いつまでも勝ち続けなければならない、主人公は間違ってはいけない、と言うジャンプの強迫的なイズム(例の「友情・努力・勝利」に要約される価値観)は、確実に少年マンガ全体に影響を及ぼしてきた、と私は思っているし、ひいては日本人のメンタリティを非常に幼稚なモノに変えてしまったような気さえしている。

 ちなみに、私は、『最上の命医』というタイトルは、絶対に編集部サイドがつけたタイトルだ、と思っています!

 う~ん、おかしいなあ。
 いやね、最初はね、
 こないだのレビューの続き書いているあいまに、気分転換に消えモノ記事でも書くか、と思い立っただけだったんですけどね。
 『美味しんぼ』についてちょこちょこ書くだけ、のつもりだったのに…。
 …いつのまに、なんでこんな文章量に…なんでこんな話題に…何故…。自分でもわからない…。

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 ↓コレも消すのはちょっとアレなので
 『無敵看板娘』鬼丸美輝さん
Miki_nikki33

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2008年5月11日 (日)

ぶらり途中下車の旅

 毎度!
 全漫連(全日本漫キチ団体連合会)の会員の皆さん、こんばんは!

 貴重な週末、有意義に過ごされましたでしょうか?
 お休みの方も、働いていた方も、お疲れ様です!

 私ですか?
 今日は、嫁はんがお友達と一緒に、何年かぶりに同人誌即売会(『COMIC CITY大阪69』)に出かけて行きよりましてね。
 私と子供たちを置き去りにして。

 「私は即売会に行って『相棒』本を買いたいんだ!まんだらけじゃダメなんだ!死ね!」

 イヤ、ウチの嫁はそんなん言いませんよ?でも、そんくらいの勢いで飛び出していった。
 …おかげで、今日の我が家は父子家庭状態。
 あきらめました 更新作業のコトは(『かもめはかもめ』の節で)

 即売会、楽しかったデスカ?(棒読み)
 腐腐腐フフフ…

 私?即売会なんて、もう20年くらい行ってないよ! o(`ω´*)o

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 行こうぜ
 コメント返信の向こうへ

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>子供の頃から「卒業」できないもの、誰にだってあると思いますよ。
 私だって、”探偵小説”と”特撮”と”フィギュア”と”マルちゃん醤油ラーメン生齧り”からは一生卒業できそうにありません。
 そういえば、日時はその使用方法のためだったんですね。成る程成る程。

 生齧りっ Σ(・∀・;)
 そ…ソレは私もまだ未踏の世界ですねえ…。ご飯のおかずにイイんだろうか…。
 私も子供の頃は、袋ラーメンと言えばマルちゃんでした!
 …ちなみに、ヘッドライン記事、始めたはイイけど、早くももてあまし気味です。
 あんな与太記事 だれも期待してないし わたしは思いのほか飽きっぽい人間!
 (誰かに「そ…そんなことないよ やればできる子だよ」と言って欲しくてまたこんな)

 

 >新トップ絵の美輝ちゃんも可愛いですねぇ。いたずらな男の子にスカートをめくられて驚いたところに見えます。

 ありがとうございます~♪
 男の子…と聞くと、某スレの「教官」ネタを思い出してしまいますねえ。いかん、(;´Д`)ハァハァしてきた…。
 ああ…。私、やっぱり、年上のお姉さんにやさしく奪って欲しかっt(ry


 >ローリング・ストーンズから始まって、『しゅごキャラ!』に辿り着いた音楽の旅・・・・・・おやおやPANTAさん、途中下車お疲れさまでしたねえ(滝口順平風)
 こんばんは。
 (以下略)

 音楽の旅をしていると、途中下車や寄り道が思いがけず楽しくていけませんよね!
 コメントの後半部分は、とーさんの音楽趣味が語られていて、思わずニヨニヨしてしまいました!あんまり面白いんで、皆さんにも全文紹介しちゃいたいくらいです!
 ふきのとうと言えば『春雷』…私も中学の頃、北海道のラジオでよく聴きました…。そう言や、ずいぶん長いコト実家(札幌)に帰ってないなぁ…
 お母ちゃん、元気かなぁ…。 (´・ω・`)


 >あれ…?でも釣りキチのキチってキ○ガイですよね?(笑)
 ああーでも釣りキチならば問題ない!問題ないですね。これは失敬
 …いやあ、漫キチにはなるには大変そうだな…と思いました

 ( ゚Д゚)ハァ?
 ナニ言ってんすか三塚さん
 ご謙遜。あなた、どっからどう見ても漫キチ王です!あっ、漫キチ女王か。どっちにしたって、私なんか、足許にも及びませんて…。
 ご近所の皆さんには漫キチであるコトがバレないように、くれぐれもご注意を~w


 >美輝ちゃんの恥じらう表情にそそられます。
 しっかり全裸だしね!
 ホンコンやきそばといい、ぼうしパンといい、びんちょうパンといい…何でここ最近、地方限定の食品ばかり食べたくなってしまうのか!

 ちょっと待った~!その、びんちょうパンてのはなんですかっ?聞き捨てならん!
 …ほほう、コレか…。って…今日で終わってますやん、このイベント!
 ヽ(`Д´)ノウワァァァン!! くそう、食いてえ
 ちなみに、娘はアベマキが好きみたいです。びんちょうタン看板…今度、家族で見に行ってみようかな…。

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2008年5月 7日 (水)

『豚か狼か』&『秋田で始まり、秋田で終わる』合同クロスレビュー感想

  

第1回/IT'S ONLY ROCK'N' ROLL

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 漫画如きにそんな熱入れるんじゃねぇよって?

 私は漫画があるから今まで生きてこれたような人間ですから。
 命の恩人は軽んじられないなぁw

 この言葉に触れて、小一時間ばかり、感動でアッチの世界に行ったきりになってしまいました、PAN太です。

 マンガを愛するすべての人が、この言葉に涙した、と思いたい。
 振り返ってみれば、私自身、マンガがなければ昼も夜も明けない子供だった。
 私にとってのマンガは、良い意味での「現実逃避の手段」であった。「マンガがなければ本当にひとりぼっちになってしまう」、そんな子供だったのだ。

 イイ年齢になった今でも、マンガを読むのはやめられない。

 「たかがマンガ」と言う人もいるだろう。
 その通り。たかがマンガ、である。
 しかし、そのマンガを読むコトを「人生のオアシス」のようにとらえ、マンガについて語りだしたら会社も社会も二の次三の次、となってしまう、「マンガ馬鹿(命名・宇都宮勇さん)」ともいうべき種類の人間が、この世にはいるのである。
 大山倍達の台詞ではないが、私はバカになりたいのだ。

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 俺がもし 心の奥深いところをえぐり出して見せて
 ページの上に 感情のありったけをぶちまけて見せたなら
 お前たちは満足か?
 お前たちは戸惑うか?
 お前たちは あのガキはイカれてると思うだけかい?
 あいつはどうかしている、狂っているって思うかい?

 わかってるって
 こいつはたかがロックン・ロール
 だけど 俺はこいつが大好きなんだ

 ローリング・ストーンズの『IT'S ONLY ROCK'N' ROLL』の有名な一節である。
 「たかがロックン・ロール、されどロックン・ロール」。TOM☆CATの『ふられ気分でROCK'N' ROLL』にも引用されたこのフレーズ。
 当然だが、ココで「たかが」と言うのは、強烈な反語として理解されなければならない。
 ストーンズは、自分たちが演奏している音楽が、「日替わり壁紙」や「イベントのBGM」や「自分探しのための応援歌」のように、「安く感動され、あっという間に消費され、いつか懐古される」だけの存在ではない、と確信している。

 私は、他のマンガ読みの人が語る、「たかがマンガ、されどマンガ」と言う言葉を聞きたい。
 ほとんどの人間にとっては、読み捨ての娯楽のはずのマンガから、その人は一体ナニを受け取ったのか、聞いてみたい、と思うのだ。 

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 「漫キチ(命名・人面犬さん)」、あるいは「プロの漫画読み」と呼ばれる人たちの存在をご存知だろうか。
 いずれも、マンガを愛するコトでは人後に落ちない、愛すべきマンガ馬鹿───「翼なき野郎ども」に対する敬愛の念を込めた呼称である。

 「漫キチ」と呼ばれるには、マンガに対する「理」・「知」・「情」・「意」において、すぐれたトコロがある、と認定されなければならない、とされている。
 「理」とは、マンガを語る際ににじみでてしまって隠せない、その人の「マンガ観」、「価値観」、を言う。
 「知」とは、常人が聞けばドン引きしかねない、マンガに対する知識、あるいは、膨大なマンガ読書の経験値。
 「情」とは、マンガに対する情熱。初期衝動。どれだけ強く、深く、マンガと言うメディアを愛しているか。
 そして「意」。マンガを取り巻くモロモロの状況をどのようにか認識し、「ありうべきマンガ像」とでも言うべきヴィジョンを自分なりに幻視しようとする、意志(意思)の力を指す。

 この「漫キチ4大要素」のうち、いずれかにおいて、既存の「漫キチ王」から「見所あり」と認められた者が、晴れて、「漫キチ王」の星座に列する光栄に浴するコトが出来るのである。

 参考知識として、最近、この「漫キチ4大要素」に、第5の要素として「萌」を加えるべき、と言う前衛的な意見も存在するコトを付記しておきたい。第3の要素「情」とラップする部分が大きいので、ソレはどうか、と言う意見が大勢を占めているが、予断を許さない情況である。

 マンガ読みの世界における「漫キチ王」とは、中国拳法界における「海王」に相当すると思って、ほぼ間違いない。
 日本には、現在のところ、36人(2人説から256人説まで諸説ある)の漫キチ王が存在すると言われており、形式上の認定こそまだ受けてはいないが、すでに漫キチ王と同じ文脈で語られている「漫キチ」が72人(1人説から1024人説まで以下略)控えている、と言う噂もある。
 私が確認できているだけで、少なくとも千葉、北関東、東北、関西、他、日本各地に、各地域に若干名ずつの漫キチ王が存在している。
 公けに自称してはいないが、普段はゴッドファーザーのように善良な市井人に身をやつしている漫キチ王は、かなりの数に上るはずである。
 朝のゴミ出しで出会うたび、いつもにこやかに挨拶を交わしてくれるご近所の会社員が、実は漫キチ王だった、などという実例は、枚挙に暇がない。
 漫キチ王であるコトを隠して結婚したはいいが、そのコトが伴侶にバレて、両家の親族会議という大事に発展してしまった、などというのは、まだ微笑ましい部類の話である。

 以下は非公式情報だが、アジアの某国には「漫キチ四天王」や「百八(ハンドレッドエイト)漫キチ」、欧米には「ギリシア十二漫キチ」や「ブエナ・ビスタ・漫キチクラブ」などの秘密結社が存在しており、日本漫キチ界への進出を虎視眈々と狙っているそうな。
 げに恐ろしきは漫キチ道。
 漫キチ道は修羅の道。

 ちなみに、誤解の無いように言っておくが、「漫キチ」の「キチ」は、「キチ○イ」の「キチ」ではない。
 『釣りキチ三平』の「キチ」である。
 かつて、ゴールデン・タイムに放映されていたテレビアニメのタイトルである。何の不都合があろうか。
 無用の誤解を招くのがめんどくさいので、重ねて言っておく。
 「漫キチ」の「キチ」は、「キチ○イ」の「キチ」ではなく、『釣りキチ三平』の「キチ」である。だから、なんら問題はありません!

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 さて、漫キチ王たちが、あたかも梁山泊のように蝟集する、チャンピオンファンの世界。
 今回は、その多士済々のチャンピン系漫キチ界においても、とりわけ異彩を放つ二人の漫キチ王について紹介したいと思う。 

 『豚か狼か』を主催する宇都宮勇さん。そして、 

 『秋田で始まり、秋田で終わる』を主催する人面犬さん。

 かたや、問題発言王を自認する、秋田書店情熱系サイト(=『豚か狼か』)。
 かたや、濃い口を通り越してドップリの、秋田系武闘派サイト(=『秋田で始まり、秋田で終わる』)。

 先に引き合いに出したローリング・ストーンズに無理矢理当てはめれば、「チャンピオン村のグリマー・ツインズ」と呼んでみたくなるお二人である。
 この両氏の、「たかがマンガ、されどマンガ」と言うスタンスから生まれてくる、理・知・情・意がみなぎるレビューを、私は愛してやまない。

 このお二人が、先般、「合同クロスレビュー」と称して、同じマンガ作品について、同時にレビューしたのをご存知だろうか。
 未読の方は、是非、ご一読いただきたい。

 宇都宮さんのレビューは、こちらから、
 そして、人面犬さんのレビューは、こちらからご覧いただける。

 レビューの対象となった栄光ある作品は、高橋ゆたか先生の『世界一さお師な男 伊達千蔵』。

 この企画の予告を初めて目にした時、私は、軽い眩暈を覚えた。

 何故、『世界一さお師な男』なのか。
 何故、わざわざ、クロスレビューなのか。

 掲載誌が、個人的にほとんどノーチェックだったOh!スーパージャンプと言うコトもあり、この作品をしっかりと読んだ記憶があまりなかった。
 事前に予習しておこうと思い、ココで試し読みをしてみたが、どのエピソードもさわりの部分しか公開されていない。
 新古書店でも探してみたが、ドコにも見当たらない。
 作品に対する予備知識がほとんどない状態で、クロスレビューの公開を待つコトになった。

 予告通りアップされたクロスレビューを読む時、私の心の中は、戸惑い半分、怖いモノ見たさ半分で占められていた…。

                                   第1回・了(この項つづく)   

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2008年5月 5日 (月)

ストーンズから『しゅごキャラ!』まで

 ひさしぶりにストーンズのアルバムをアレコレ聴いてます。

 『LET IT BLEED』を聴いてるあたりで、ニッキー=ホプキンス(『SHE'S A RAINBOW』のピアノは最高ですよね)、ライ=クーダーがらみの『JAMMING WITH EDWARD』が聴きたくなる。

 ソコから、ライ=クーダーのアルバムをまた引っ張り出してしまって、『CHICKEN SKIN MUSIC』でまったりしてしまう。

 そして、彼のサントラ仕事を聴き直しているうちに、映画『ストリート・オブ・ファイア』を思い出す。
 FIRE.Incが演奏するメイン・テーマ曲『TONIGHT IS WHAT IT MEAN TO BE YOUNG』、コレは持っていない。どうやって聴こう。
 こう言う時は、YOUTUBEは便利ですね。一発で検索できた。
 おお、今聴いてもカッコイイ。全然古くないぞ。コレはイイ。中毒性も極めて高い。ダウンロードして、当分ヘヴィー・ローテーションしてしまいそうです。

 この曲を書いたジム=スタインマンの他の作品も聴きたくなって、探してみたら、あったね、ドレもコレもYOUTUBEに。
 エア・サプライの『MAKING LOVE OUT OF NOTHING AT ALL
 ボニー=タイラーの『TOTAL ECLIPSE OF THE HEART
 ミートローフの『BAT OUT OF HELL』(コレはちょっとスプリングスティーン風味入ってる?)…

 イヤ、当時はそれほど好きじゃなかったんだけど、今ならわかる。ジム=スタインマン、スゴイわこの人。
 どの曲もどの曲も、なんでいちいちこう、大袈裟なんだ!聴いていると、何の根拠も無しに、全能感が漲ってきます。
 「聴くと元気になる」とか「癒される」とか言った、機能主義的な音楽の聴き方と言うのは好きじゃないのですが、ジム=スタインマン作品の「問答無用の肯定的なエネルギー」、今の私に必要なのはコレなのかもしれない…。それくらい、疲れているんだねえ、普段。

 …そして、偶然見つけたこの動画
 「ひょっとして…コレが、名前だけは聞いたコトのある、『ファイナル・ファンタジー』ってヤツなのか?」
 そうです、私は、全然ゲームやらない人だったのです…。イヤ、でも、スゴイね、この絵。いまどきのゲームって、みんなこんなクォリティなのか。このヒロイン、かわいいな…。描いてみたい…。

 ローリング・ストーンズから始まって、『ファイナル・ファンタジー』に辿り着いた音楽の旅。
 YOUTUBEがなかったら、ココまで来られなかったんだろうなあ…。インターネットって、すごいなあ。

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 そしてその後、YOUTUBEやニコ動で、Buono!のPVを検索しまくってしまうダメな私。
 イヤだってホラ…かわいいじゃーないデスカ!3人とも!
 と言うわけで、
Amu
 ↑ 『しゅごキャラ!』の日奈森 亜夢(あむ)ちゃん 小学5年生!
 娘がファンなので、「子供の日」でもあるコトだし(ヲイ)、彼女のために描き始めたのですが…途中まではちゃんと服を着ていたはずだったんですが…おかしいな…なんでかな…。
 こんなん、当然、娘にはプレゼント出来ません!

 ローリング・ストーンズから始まって、『しゅごキャラ!』に辿り着いた音楽の旅。

 イヤ、もう、自分でもわけわかんねえw

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2008年5月 4日 (日)

GWの過ごし方

 こんばんは!
 最近、なんでか、Buono!の『ホントのじぶん』をヘヴィー・ローテーションしてしまいます、PAN太です! 

 今日は、嫁の言いつけで、チャンピオンのバックナンバーとエロマンガ本の処分作業で、1日潰れました。
 こんな後ろ向きな用事で貴重な休みを費やして、我ながらナニをやってるんだか…。

 今年小学2年生の娘ですが、だんだんと「チャンピオン濃度」の高い子供に育ちつつあります。
 最近お気に入りのニコ動は、コレとかコレとか。
 今日観ていたアニメは、『無敵看板娘』(と『しゅごキャラ!』と『チルドレン』)。
 今日読んでいた本は、『ヤンキーフィギュア』と『みつどもえ』と『コトノハ学園』。
 …いかんいかん。こんな調子では、そのうち同級生のお友達と共通の話題がなくなって、仲間はずれにされたりはしないか!?ソレだけが心配です!
Rurumo_nikki
 ↑ らくがき~ 『まじもじるるも』から るるも

 連休中に、あとどんだけ更新できるかな…。 

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2008年5月 1日 (木)

99人の…

 さぁ…いこうか!

 

 >ヤッター!美輝ちゃんの季節先取り三角ビキニ(スジ入)キター!!

 わかりづらいかと思ったけど、やっぱりわかりましたか…スジ…。
 先取り…と言いますか、私、年柄年中、水着とか下着とかそんなカッコばっかりさせているような気がします…。季節感ないのは『99人の敵』のお約束なので!
 美輝ちゃんを描いたのって、えらい久しぶりな気がします…。やっぱりこの子が描いてて一番楽しいですねえ。



 >一瞬「99人の嫁」に見えた...気の迷いですかそうですか 

 サクセスさん、ご無沙汰しててすいません!そしてコメントありがとうございます!
 「99人の嫁」…だったらイイナ!99人もお嫁さんがいたらどんなんカナ!
 なんか、こんなタイトルでエロゲーとか作れそうな気がします!
 が99人もいたら、ちょっとイヤだな…。

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 ↓ らくチャで描いたらくがきを晒してみたり。
Futaba_nikki04
 ↑ 『みつどもえ』ふたばちゃん。 パンツがまったくかわいくありません。自分でも、どうにかしたい。
Inumimi_nikki
 ↑ 鈴かすてらさんと、「いぬぶろ先生のキャラを描きましょう!」となったはイイけど、なんか…イロイロと…難しいです…と言う絵。鈴さん~画力を分けてください…ガチでお願いします…。

 あ、そういえば、こないだ、一人で某所のタカミン絵チャットに入って描いてみたら、全然落ちないでフツーに描けたんだけど…。どう言うコトだろう…。なんでチャンピオン絵チャだと、描こうとした瞬間に落ちてしまうのか…。
 謎だっ…。

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