« 続・『豚か狼か』&『秋田で始まり、秋田で終わる』合同クロスレビュー感想 | トップページ | ひとり「革パニ派」宣言! »

2008年5月28日 (水)

『PUNISHER』第15話感想

 いやあ、 改めて数えてみても、今回でまだ15話目なんですね。 

 ただの「ウザキャラ」だとばかり思っていたカッツだが、今週号(25号)を読んで、考えを改めました。
 イヤ、カッツええわ。
 惚れたわ。
 「相手が王族だろうが庶民だろうが」お構いなし。
 「相手を見て物を言う」というコトが出来ない漢(おとこ)。
 彼は、「自分のエゴ」以外の何に対しても、絶対に膝を折りはしない。
 馬鹿を承知で言わせてもらうが、カッツには、ロックン・ロールを感じる。
 私は今、アルトの真逆をいくカッツ=ファイアボウルというキャラに、ゾッコンLOVEである。

 一方、いよいよ動き出したスキ様(この方にはなんでか「様」をつけてしまう)ですが、
 今んとこ、ヤな女ですね~~~。
 筋は通っているかもしれない。良識の代表者、国民統合のアイコン。みんなの期待と信頼を一身に背負って、愛されながらまっすぐに生きてきたのだろう。
 しかし、その「まっすぐさ」「正しさ」が、どうにもこうにも対処に困る。
 ウォーゼルさんにも共通する、「えらい人」特有の「どっかなんかが欠けている」感が匂ってくる。
 だけど、巨乳なんだよなあ…。
 憧れ女性ちぇっくで、「おっぱい星人の国王」と診断された私としては、やっぱりそれでもスキ様を憎みきれません!
 その巨乳に免じて、もう少し様子を見させていただく所存です。

 うっかりとおっぱいの話になるとキリがなくなるので、このへんで。

 肝心のストーリーのコトですが。

 予想としては、カッツvsスキ様が一段落するまで、あと最低2週。
 スキ様と、アルト・ミルキィ・カッツの会見(ウォーゼル~ティリからの書簡の内容についての説明があるか?)、そして、「海(そと)からの脅威」についての説明に、さらに最低3週、と私は読んでいる。 

 この予想に、「…冗談だろ…」と突っ伏してしまった人もいるかもしれない。
 しかし、全パ連(全国PUNISHER団体連合会)関西顧問として、言わせていただこう。

 何をそんなに焦っているのか?と。

 『PUNISHER』の「世界」は、アルトとミルキィの二人によって、(少なくともウォーゼルの大雑把な予想では)変わるコトを期待されている「世界」である。
 今までは、「この世界」の成り立ちも過ぎ越し方も見えず、さしせまった「危機」も無く、共存し難い「悪」も無く、一見平和で、どうして「この世界」が変わらなければならないのか、そもそも「この世界」は変わるべきなのか、そのあたりが読者にはまったく見えてこなかった。
 スキ様の登場で、初めて「この世界」の「過去」と「これからやってくる危機」の一端と、もしかしたら、アルトたちがこれから戦うべき(PUNISHすべき)「敵」が見えてくるかもしれない。

 アルトという少年は、争うことを怖れるあまりに、今まで自分の可能性を粗末にしてきた。
 他人様に迷惑をかけたり、波風を立てるくらいなら、おとなしく禁固刑に服してしまおう、と考えてしまうくらいの、度し難いほどの穏健さ。
 見ていてもじれったいくらいのアルトの優柔不断は、思い出してほしい、第1話、寒風吹きすさぶ船上で、震えるミルキィに自分の毛布を与えた、救いがたいやさしい心と根は一緒なのだ。
 およそ人間の世界では生きづらいコトこの上ないアルトの性格は、ヒロイック・ファンタジーという「風呂敷は広げてナンボ」の世界で主人公を張るには、ふさわしくないように見える。
 要領がよく、「ラクしてズルしていただきかしら♪」な人生をひた走る、『PUNISHER』一の頭脳派ミルキィは、出来心と能天気と言うに言えないトラウマで出来ているヒロイン。
 カッツにいたっては、自分のエゴ以外のためには絶対に旗を振らない、「非法」に生きるヤンチャ坊主。
 今のところ、彼らはまだ何者でもない。名も無い路上で出会い、流されるように旅を続ける、ちっぽけな存在なのだ。
 「大剣」や「魔法」や「魔導具」という、将来「この世界の帰趨を決する戦い」に参与するための切符を持ってはいるが、まだその自覚は無い。
 彼らがどこから来て、これから何者になるのか。おそらく、アルトやミルキィやカッツの口から、自己紹介のような形で、「自分は何者なのか」と言う過去が語られる可能性は低い、と思う。今後積み重ねられるエピソードの中で、少しずつ、本当に少しずつ、そのへんのコトは明らかになっていくのではないか…と言う気がしてならない。

 無名の個人が「世界の帰趨を直接に左右する」存在になるのは、マンガならともかく現実には困難なコトである。
 その困難を捨象して、主人公たちを直接「この世界の運命」に相対させてしまうのが「マンガ」や「ラノベ」や「ゲーム」の常套手段である。たまたまガンダムを上手く操縦出来たりとか、本人に何の責任も無いところで、この世界の運命を背負わされてしまうとかで。
 これはまったく個人的な想像だが、今のところ佐渡川先生は、その便利な「常套手段」を拒否しているような気がしてならない。
 アルトたちは、直接「この世界の運命」に相対するための「切符」を持ってはいるが、どうもすんなりとはいかないような気がしてならないのだ。
 『PUNISHER』には、単純明快な「勧善懲悪」は無い。
 直線的で、わかりやすい性格の主人公もいない(いるのは、じれったいくらいに思慮深く、遠慮しぃな主人公だ)。
 「敵を打倒するコトによってのみストーリーが展開し、勝利するコトによってのみカタルシスを確認出来る」という、少年マンガの一部(大部分?)に独特のイズムを採用していない(ように見える、今のところは)。
 実は私は、「剣」でも「魔法」でも「力」でもなく、アルトの不器用なやさしさや、ミルキィの笑顔こそが、「この世界」を変えてゆくのではないか、などと、ポエミィな想像をめぐらしてしまっている始末なのだ。

 アルトやミルキィの個人的事情による「旅の目的」は、いつか否応なしに「この世界の帰趨」に結びついていくと予感させられるが、その時、彼らはどんな存在として描かれることだろう。
 私は、第1話の、アルトのやさしさやミルキィの仕草に、泣きたくなるほどのいとおしさを感じてならない。
 これから、彼らがまだ見たコトも無い世界を切り拓いていくときも、彼らはあの時のように、やさしくもちっぽけな存在のままでいられるのだろうか。

 自分は何者で、どこから来て、これからどのような形でこの世界に関わっていくことになるのか。
 私たち自身、そんな途方も無い問いには、自分では答えようもなく、自分以外の誰かがナレーションと言う形で語ってくれるわけもない。
 私たちの世界は、どんな歴史を背負っているのか。目に見えないところで、今、どんな危機を孕んでいるのか。どんな価値観を地軸にして、世界は回転しているのか。私たちのほとんどが、自分たちの世界がどんな形をしているのか、説明のしようも無いのだ。
 しかし、私たちは、自分たちのこの世界を味わうコトは出来る。
 人生でナニが謎かといって、自分は何者なのか、この世界は一体どんな形をしているのか、これほどの謎はないだろう。私たちは「世界」を満喫しようとして日々生きているが、「世界」を解き明かそうとして生きている人はほとんどいない。
 おおげさな話ではない。じつは、「世界」を語ろうとする人は、その時すでに、「世界の運命」に相対しているのだが。

 『PUNISHER』の作品世界に対して、「謎を解くヒントがなさすぎる(伏線が回収されていない)」、「物語が動かない」と言う指摘がある。それは、無理やり置き換えて言えば、私たち自身の世界において、「自分が一体何者なのか」「この世界はどんな形をしているのか」と言う謎に、誰も答えてくれないという、不得要領な現実に対する苛立ちに似ているような気もする。
 『PUNISHER』と言う作品では、今のところ、「主人公たちが何者なのか」「この世界は一体どんな形をしているのか」、それらの謎について、登場人物が問わず語りに告白してくれたり、狂言回し的キャラが外野から饒舌に解説してくれたり、便利にも何でも知っているナレーターが説明してくれたり、というコトをしようとしない。
 やればイイじゃん。便利ですやん。
 他のマンガはたいていやってるよ。
 なのに、なんでか、問わず語りも狂言回しもナレーターも、今のところ『PUNISHER』では出る幕が無いのだ。
 コレは決して偶然ではないだろう。

 アルト、ミルキィ、カッツたちは、今は「世界」を味わっている段階であり、「この世界」の「核心」に接近する、まだその手前にある。
 繰り返して言うが、『PUNISHER』において、アルトたちは今、「世界」を味わっているだけの、私たちと同じ無名の存在の段階である。
 地図も無く、羅針盤も無く、ガイド役もいないままで、手探りで「この世界」を旅するアルトたちの不安は、私たち読者の不安でもある。
 この不安は、アルトたちとともに、私たちが今、味わっておくべき不安なのだ、と私は思っている。

 マンガと現実はもちろん違うし、マンガには現実世界では達成不可能なドラマ・トゥルギーを展開して読み手をカタルシスに導くという使命もあるかもしれない。

 しかし、今、私は、あえて言う。
 全パ連会員にして、極右派(ミルキィのふともも&スキ様の巨乳はエロい派)の私が、暴論を百も承知で言う。暴論・極論は、つねに極右が引き受けるべき役割だからだ。 

 謎も伏線も背景も、作品中で明らかにされるまでは、自分で想像しろ。

 と。
 アルトたちが、今はとまどいながらも「この世界」を味わっているように。
 「この世界」が、アルトたちが近づいてくるのを待っているように。

 どんな気持ちがする?
 地図も羅針盤もガイド役も無い旅は。

 焦らずとも、物語は確実に動き出している。
 改めて、『PUNISHER』第1話から読み返してみると、ここ数週、私はナニを不安に思っていたのか、と不思議に思う。
 物語のギアは、今まさに、セコンド・ローからシフトアップしようとしている段階であり、これから明かされるべき謎、語られるべきエピソードはたくさん控えている。
 『PUNISHER』第1話の感想にも書いたが、この作品には、アルトの「今日明日を生き抜くために殺生した僕は罰をうけるのか…?」と言う台詞に暗示される、「もうひとつのテーマ」も隠されている。
 伏線は、「回収」されるモノではなく、これからまさに「収穫」される時を待っているところだ。

 まずは、カッツvsスキ様の決着を待ちたい。

 でも、でもね、
 単行本に収録される時は、












  「金八先生」



 コレだけはなんとかしてください…。

 お願い…無かったコトにしてください…。

|

« 続・『豚か狼か』&『秋田で始まり、秋田で終わる』合同クロスレビュー感想 | トップページ | ひとり「革パニ派」宣言! »

コメント

正直、『金八先生』の部分は悪乗りした編集が加えた気がしてならない
偏見だけどw

投稿: | 2008年5月28日 (水) 09時55分

 コメントありがとうございます!
 編集さんの仕業…ソレは考えつかなかった!

 大昔、『リングにかけろ』というマンガで、似たようなコトがあったのを思い出しました。
 ギリシア12神の使いっぱのバルカンが放つスーパー・ブローの名前が、「デッドエンド・ファイヤー」と印刷されたのと、「ショッキング・ファイヤー」と印刷されたのと、同じ号で2種類のパターンのジャンプが店頭に並んでしまったのです。
 真相は、車田正美先生のネームでは「ショッキング」だったのを、編集さんが勝手に「デッドエンド」に変えて写植してしまい、印刷途中でソレを知った車田先生が残り印刷分だけは「ショッキング」直させた、というモノでした。単行本では「ショッキング」で統一されています。
 なんともショッキングなエピソードですねえ。

 …善意から出たコトなんでしょうが、マンガ編集というのはそういう独断専行が当たり前の世界なんでしょうか。だとしたら怖い。
 「金八先生」の真相はまだ藪の中ですが、私もその「偏見」に乗っかってしまいたい心境です。

投稿: PAN太 | 2008年5月29日 (木) 00時26分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 続・『豚か狼か』&『秋田で始まり、秋田で終わる』合同クロスレビュー感想 | トップページ | ひとり「革パニ派」宣言! »