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2009年8月 1日 (土)

『僕たちの国境』~『Sun City』

 川村カオリが亡くなった。
 まだ38歳。

 今、彼女のアルバム、『Hippies』や『Church』をひっぱり出して聴いている。
 彼女の歌は、一人称が「僕」になっている曲ばかりだった。プロデューサーの高橋研の芸風がそうさせたのかもしれないが、彼女にはふさわしかったかもしれない。

 デビューしてから何年たっても、全然芸能人ズレする様子が無い…どころか、いつまでたっても居心地が悪そうな、どこか屈託を抱えているような彼女の佇まいが、好きだった。

 ちなみに、川村カオリは頭脳警察の第8作『歓喜の歌』にゲスト参加したりもしてました。

 『見つめていたい』とか、こんな曲、彼女以外の誰が歌える?

 もっと僕に強さがあればいいのに

 愛がなきゃウソさ 夢がなきゃウソさ
 空に描けるほど いつもいつも思うんだ だけどね
 愛だけじゃダメさ 夢だけじゃダメさ
 それが悲しくて 叫べなくなる僕だよ 僕だよ

             (川村カオリ/『見つめていたい』

 川村カオリは、日本人の父親とロシア人の母親の間に生まれた。
 当時、ソヴィエト連邦は、現在の北朝鮮なんか目じゃないくらい、日本にとってのバリバリの仮想敵国。
 そのせいで、彼女は、少女時代に凄絶ないじめを経験してきたという。

 彼女にとって、現実をそのままに歌うのは、つらい。
 だから、「私」を強く肯定してくれる存在として、「僕」が必要だったのではないか、と私は思う。
 川村カオリの曲に登場する「君」こそが、実は、彼女自身だったように思えてならないのだ。

 言葉だけじゃ心はまっすぐに伝わらないし
 涙だけじゃよけいに悲しみがつのるから

 国境線を越えて 今すぐ会いに行くよ
 どんな人が住んでる どんな花が咲いてる
 君の胸の大地には

             (川村カオリ/『僕たちの国境』

 国境線を越えて、と言うこのフレーズに、どれだけの人がリアルな重みを感じるコトが出来るだろうか。
 「どんな人が住んでる どんな花が咲いてる」…そんなコトには興味がないですか?

 川村カオリにとっては、国境とは、乗り越えられるために存在していたのだ、と、そう思う。

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 マイケル=ジャクソンについては、ひとそれぞれの感慨があると思う。
 私が彼に抱くイメージは、「白人になろうとして、ソレを自分の身体に実行してしまった男」である。もしもマイケルにこの強迫的衝動がなければ、彼のキャリアはもっと違ったモノになったはずだ。
 彼の作品、『Black Or White』を聴いても、「おいおい、嘘つけ。お前さん自身が、そんなコト信じてねえだろうが」とツッコミを入れていたモノだ。

 「ブラック・イズ・ビューティフル」と言うイズムを、マイケルは自分の人生において採用しなかった。コレは、絶対に忘れてはいけない事実だ。

 マイケルのキャリアで、個人的に真っ先に思い出すのは、USA for Africaプロジェクトの『We Are The World』を彼が(正確にはライオネル=リッチーとの共作だが)作った、と言うことだ。普通なら、『スリラー』とか『BAD』とかを一番に思い出すところなんだろうが、どっこい、私は筋金入りのへそまがりなのです。

 『We Are The World』については、あまりにも有名なので、今更ココで説明しない。

 当時、リアルタイムでこのプロジェクトの盛り上がりを目撃していた私の感想は、「とにかく歌詞がくだらねえ」と言うモノだった。

 彼らにあなたの心を届けてあげて
 そうすれば 誰かが自分たちを思いやってくれていると気づくはず
 今より強く、自由に生きていけるようになる
 神が私たちに 石ころをパンに変える奇跡を示してくれたように
 だから 私たちみんなで 彼らに救いの手を差し伸べよう

 私たちは 世界そのもの
 私たちは 神の子供たち
 今より素晴らしい明日を作るため さあ 始めよう
 今こそ選択の時 それは自分自身の生命を守ることなんだ
 本当だよ よりよい世界を作るんだ 君と僕とで

             (USA for Africa/『We Are The World』)

 キリスト教的価値観の押し付けも暑苦しかったが(ソレは先行したBand Aidの『Do They Know It's Christmas?』にも共通するおこがましさだった)、それよりなにより、「アフリカや第三世界の難儀は、アメリカ合州国をはじめとする帝国の存在に由来している」と言う現実をオミットした言い分が、気に食わなかった。
 シュバイツアー的偽善の匂いがプンプンしてました。ええ。
 宗主国から、お流れ頂戴、てなもんですか?

 歌っていて、さぞかし気持ちよかっただろう。
 聴いてる方だって、決して悪い気分になるはずがない。
 なんたって、困ってる人たちのために、みんなで善いコトをしようぜ、って歌っているんだから。
 歌に酔い痴れている時以外の、私たちのリアルの人生において、私たちがどんなにアフリカを踏みつけにしてきたのか、考えもしなかった。
 そんなコト、考えなくっていいんだよ。僕たちは今から善いコトをしようとしているんだから。マイケル=ジャクソンやライオネル=リッチーは、そう歌っていたように私には聴こえた。

 この歌が成功したのは、「善いコトをしよう」と呼びかけはしても、「この世界がこんな有様になってしまったのは、何故なんだ!」と歌ったりはしなかったからだ。
 『We Are The World』のせいで迷惑を蒙った人はいなかったと思う。
 アフリカで飢渇に苦しんでいる人たちのもとへ、わずかでも援助は届いた。
 歌手も、レコードを買った人も、誰も傷つかなかった。
 ほんのいっとき、世界は善意によってひとつになり、そして、また同じ事の繰り返しが待っていた。
 片方の手でアフリカの不幸を生産し続けながら、もう片方の手でチャリティー・ソングを歌う茶番を、私たちは目撃してしまったのだ。

 よく、「ミサイルを買うお金があったら、そのお金でどれだけのアフリカの飢えた子供たちを救えることか」と言うフレーズを耳にする。
 実はコレは話が逆で、ミサイルを作って売り込む輩がいるから、アフリカの難儀がある。
 「彼らに、私たちの心を届けよう」などと言うお節介を言う以前に、「アフリカに銃やミサイルを売り込んでいるのは、どこの国の企業なのか」、と言うことに思いを巡らせるべきなのだ。本当は。
 でも、そんなことを歌ってしまったら、誰も聴いてくれないし、ラジオ局もオンエアしてくれないだろう。コレは根拠の無い仮定の話ではない。
 そういう意味で、『We Are The World』は賢明だった。

 「賢明」ではなかった、別のチャリティー・プロジェクトについては、のちほど触れる。

 何一つ本当のコトを言い当てるコトもなく、誰一人傷つけるコトもない善行は、実は、偽善と呼ぶのではないか?
 当時、高校生だった私は、そんなふうに思っていた。いやあ、実にかわいくないですねえ。

 豪華で退屈な歌を、豪華な芸能人たちが歌い上げる、夜のヒットスタジオ的なイベント。
 私にとって、『We Are The World』はその程度の存在でした。ハイ。

 だから、私にとって『We Are The World』は、我が愛するブルース=スプリングスティーンやポール=サイモン、ホール&オーツ、ボブ=ディランが参加している、と言うくらいしか見所がなかった。
 スプリングスティーンの、「アフリカの困っている人たちのために、一晩時間をくれ、と言われたら、ノーとは言えないさ」と言う謙虚なコメントが救いだった。この手のチャリティーに対する態度として、きわめて正しい態度ではないか、と思った。

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 クイーン
 エルトン=ジョン
 アイザック=ヘイズ
 フランク=シナトラ
 ビーチ・ボーイズ
 リンダ=ロンシュタット
 フリオ=イグレシアス
 ジ・オージェイズ
 シカゴ
 レイ=チャールズ
 ジ・オズモンズ
 ポール=アンカ
 ボニー=M
 ブラック・サバス
 ロッド=スチュワート
 ティナ=ターナー
 ディオンヌ=ワーウィック
 サラ=ブライトマン
 オリヴィア=ニュートン=ジョン
 ローラ=ブラニガン
 ミリー=ジャクソン
 カーティス=メイフィールド
 シェール
 ライザ=ミネリ
 ………………………………………

 今挙げたミュージシャンの名前を見て、コレが何を意味するリストなのか、すぐにわかる人はほとんどいないと思う。

 かつて、南アフリカ共和国では、アパルトヘイト(人種隔離政策)が実施されていた。
 アパルトヘイトをご存じない方は、こちらを参照ください。
 我が日本は、当時、「名誉白人」と言う極めて不名誉な称号を南アからいただいていたのだ。
 …で、当時、国際世論の一部(残念ながら一部だった!)から非難を浴びていた南アは、悪名高きバントゥースタン政策を採用するんですな。

 その、偽りの「ホームランド」ボプタツワナに存在した(今も存在する)、豪華リゾート施設。
 その名も、「サン・シティ」。

 「アパルトヘイトの象徴」と呼ばれたこのサン・シティの中には、コンサート・ホールもあり、破格のギャランティに釣られてココで演奏する著名ミュージシャンが多数存在したのだ。

 先に挙げたリストは、このサン・シティで演奏したコトのあるミュージシャンの名前である。

 白人ミュージシャン以外にも、意外な名前が多数あって、驚かされる。
 特に、レイ=チャールズ、ティナ=ターナー、ディオンヌ=ワーウィックなどは、先に触れた『We Are The World』でもヴォーカルをとっていた人たちだ。
 アフリカの飢渇を救うためのチャリティー・ソングを歌う一方、同胞を差別するアパルトヘイトの象徴の地で、白人リゾート客のために演奏する。
 マンガだって、こんな滑稽な演出は考えつかないだろう。
 一体、人間って奴は、なんなのだ。

 それが、人種差別を承認しているコトにつながると言う自覚があったのかどうか。
 ミュージシャンだって人の子だし、営業上、いろんなしがらみもあるだろう。しかし、だったら、別の場所で『We Are The World』なんて歌わないでくれ。
 ミュージシャンにだけ、聖人君子であれ、なんて要求しているわけじゃない。
 ただ、人間であってくれ、と願っているだけだ。
 あんた自身が演奏している、その素晴らしい音楽に釣り合う人間であってくれ、と。

 このリストに登場するミュージシャンたちを、ダリル=ホールは「世間知らずの間抜け野郎」と指弾した。
 「てめえらがナニをやってるか、わかってて演ってたんだよな?」と。

 札幌の実家に置いてきてしまったが、1985年発表のアルバムで、Artists United Against Apartheid(=アパルトヘイトに反対するアーティストたち 以下、AUAA)による『Sun City』と言う作品があった。
 『We Are The World』から数ヵ月後にリリースされたアルバムだ。
 ダリル=ホールも参加している。

 こちらは、ブルース=スプリングスティーンのバック・バンド、E・ストリート・バンドに在籍していたギタリスト、”マイアミ”リトル=スティーヴン=ヴァン=ザントが言いだしっぺで実現したプロジェクトである。

 出来上がった曲群は、能天気なチャリティー・ソングではなく、極めて政治的にしてラディカルなプロテスト・ソング、レベル・ミュージック。

 プロジェクトの趣旨は、南アフリカのアパルトヘイトに非を鳴らし、音楽業界人として「アパルトヘイトの象徴であるサン・シティでは絶対に演奏しない」と宣言するコトだった。

 最初は、業界内の友人だけで、4、5人も集まって協力してくれたらイイや、と思っていたそうだが、プロデューサーのアーサー=ベイカーと一緒にあちこちに声をかけている内に、「聞いたぜ、俺にも参加させろよ」って連中が勝手に押しかけてくれたりして、最終的にはとんでもない数の豪華メンバーが、よってたかって1枚のアルバムを作るコトになってしまったのだ。

 断言するが、参加メンバーの豪華さ、楽曲の素晴らしさ、音楽史上における意義、どれひとつとっても、『Sun City』は1980年代におけるポピュラー音楽の最大の成果であり、画期的な事件であった。

 まずは、このPVをご覧いただきたい。

 どうっスか?どうっスか?

 コレを初めて観た、と言う方は、「コレはなんだ…」と戸惑われた方が多いかもしれない。
 PVに登場する出演メンバーを見ても、誰が誰だか全然わからない、と言う人もいるかもしれない。

 そんな方のために、野暮を承知で、ちょいと解説させていただこう。
 まずは、タイトル曲からだ。
 もう一回、先のPVを観ながら(聴きながら)、読んでいただきたい。 

 ───サン・シティ。
 アパルトヘイト政策の象徴である、豪華リゾート。
 ヨハネスブルグの目と鼻の先にあるこの施設では、ギャンブル、ポルノ、そして世界でも屈指のエンターテイナー・ショーが楽しめる…。
 ただし、白人客だけ───。

 暗転。

 銃声。

 流れてくる、「Ah~…Sun City」と言う、女声ハーモニー。※実は、マイケル=モンロー(元ハノイ・ロックス)とスティーヴ=ベイター(元デッド・ボーイズ)のヴォーカルでした。

 地を割り響いてくるかのような、マイルス=デイヴィスのトランペット。

 彼の地=南アフリカで、黒人たちを殴りつけたり、水平射撃を行ったりしている警察官の姿や、「ホームランド」に強制移住させられていく黒人たちの姿が、サン・シティでバケーションを満喫する白人客の姿とオーヴァー・ラップする。

 そんなクソッタレな現実を切り裂く、ラッパーたちの啖呵。
 RUN-DMCが、グランドマスター=メリ=メルが、デューク=ブーツィーが、カーティス=ブロウが、アフリカ=バンバータが、ビッグ=ユースが、リレーしながらアジテーションする。

 言いたいんだ、南アフリカで繰り広げられている、けったくそ悪い現実について…
 わかってるって 俺たちに出来る事って言ったら…
 サン・シティなんかじゃ、絶対に演奏しねえってコトさ!

             (Artists United Against Apartheid/『Sun City』)

 と。

 ココで、「I ain't gonna play Sun City!」と吼える目つきの悪いバンダナのあんちゃんが、このプロジェクトの立役者=リトル=スティーヴンである。

 ココから先は、疾風怒濤。
 ナマ(生硬)で直截な政治的メッセージが、ミュージシャンたちのリレー・ヴォーカルで叩きつけられる。

 第一パート/
 デヴィッド=ラフィン(テンプテーションズ)
 パット=ベネター
 エディ=ケンドリックス(テンプテーションズ)
 ブルース=スプリングスティーン

 第二パート/
 ジョージ=クリントン(大統領じゃない!ファンクの大立者)
 ジョーイ=ラモーン(ラモーンズ)
 ジミー=クリフ+ダリル=ホール(ホール&オーツ)
 ダーレーン=ラヴ

 第三パート/
 ボニー=レイット
 ジョン=オーツ(ホール&オーツ)+ルベン=ブラデス
 ルー=リード
 ボビー=ウーマック

 第四パート/
 ジャクソン=ブラウン+ボブ=ディラン
 ピーター=ギャレット(ミッドナイト・オイル)
 カシーフ+ノナ=ヘンドリクス
 ボノ(U2)

 ぶふう。書いてて、思わず鼻血出そうな豪華面子。俺、こいつらみんな、大好きだ!

 ロック、ラップ、ポップス、パンク、レゲエ、サルサ、ファンク、ブルーズ、ジャズ、ワールド・ミュージック…ヘヴィー・メタル以外の当時のほとんどのポピュラー音楽のジャンルを横断したかのような、ミクスチャーっぷり。
 くそう、なんてカッコいい曲なんだ…何回聴いても燃えてくるぜ…。

 曲の背景には、まさしく「革命的状況」と呼ぶしかないような南アの凄惨な映像が流れる。
 殺された、スティーヴ=ビコやキング師の映像も…。
 絶望的状況を歌っているはずのミュージシャンたちの姿が、やがて、祝祭のごときうねりと熱を帯びて、南アの「兄弟姉妹たち」の映像と重なっていく。
 観ていると、外に飛び出して、彼らと一緒に吼えたくなる…「その気」にさせる曲なのだ。
 アパルトヘイトに象徴されるレイシズムに、正面切って「NO!」と叫ぶためにも、この曲には絶対にファンクのパワーが必要だったのだなあ、と改めて思う。

 上記以外にも、バッキング・ヴォーカルではピーター=ガブリエルやピーター=ウルフ(J=ガイルズ・バンド)、ダリル=ハンナ(映画『ブレード・ランナー』『キル・ビル』のお姉さん)、リントン=クウェシ=ジョンソン、ファット・ボーイズ、ギル=スコット=ヘロン、ヴィア・アフリカ、ウィル=ダウニング、ボブ=ゲルドフ、ティナ=Bなどが大活躍。
 特に、当の南アからやって来たグループ、マロポエッツは、「この企画に参加すれば、帰国後は生命の危険すらある」のを承知の上で参加した、まさに命がけの熱演。
 他にもコンガのレイ=バレット、サックスのクラレンス=クレモンス(E・ストリート・バンド)、ギターのピート=タウンゼント(ザ・フー)、ドラムスのリンゴ=スター(元ビートルズ)&ザック=スターキー親子、シャンカール、サニー=オコサンなど、世界のトップミュージシャン達の一世一代の鬼気迫る演奏。

 ちなみに、アルバムに収録されている他の曲では、ロン=カーター、スタンリー=ジョーダン、トニー=ウィリアムズ、ハービー=ハンコックらがマイルスと一曲キメています(『Struggle Continues』)。ジャズに疎い私にも伝わってくる、黒く不穏な気配にゾクゾクしていました。
 他にも、スケール雄大なワールド・ミュージック、ピタガブのズバリ『No More Apartheid』。ポピュラー音楽が黒人音楽からどれだけ影響を受けてきたか、その点について彼は実に自覚的で誠実なミュージシャンです。
 ヒップ・ホップなどという言葉がまだ無かった当時としてはかなりクールな『Revolutionary Situation』。
 ラッパーたちが中心になって作られた『Let Me See Your I.D.』。外国人登録証の不携帯がまるで重犯罪扱いにされる日本の状況を考えると、当時の南アを笑えません。
 タイトル曲のVersion Ⅱなんてのもありまして、こちらはロック色が強いアレンジ。コレはコレでイイのだけれど、やっぱりVersion Iの底無しのパワーと比較すると、ちょっと弱い感じ…。
 そして、アルバムの棹尾を飾るのは、ヴォーカル=ボノ、ギター=キース=リチャーズ(ローリング・ストーンズ)+ロン=ウッド(同)によるブルーズ・ナンバー『SILVER & GOLD』。
 地の底のさらに底から響いてくるかのようなギター。呻きとも呟きともつかないヴォーカル。聞き届けられるコトの無い怒りが底光りするかような演奏に、今聴いても鳥肌が立ちます。

 タイトル曲に話を戻すと、歌詞は当時のアメリカの対南ア政策をこき下ろすわ、ロナルド=レーガンを名指しで批判するわ、いや、もう、遠慮が全く無い。
 その一方で、

 こうしている間にも、俺たちは、兄弟姉妹たちを裏切り続けているんだ

 とか、

 この世界を見回してみなよ とても見ちゃいられねえ
 どうして俺たちは、いつもいつも、間違った側についてしまうのだろう…

 とか。

 どうよコレ!
 『We Are The World』には絶対見られなかった、「弱い自分、正しくない自分、間違った世界に加担してきた自分」と言う自覚が言わせている、こういうフレーズ。
 あかん。萌える。

 テーマがテーマであり、またその態度が態度なモノだから、『Sun City』全編には、不穏、不逞な空気が流れている。プロテスト・ソングなんだから、当然っちゃ当然なんだが。
 拳を振り上げ、「オラ、こっち見ろよ!聞けよ!知らん顔してんじゃねえよ!」と挑みかかるかのような態度。
 気骨。反骨。土性っ骨。今や死語になりつつある、そんな言葉が、『Sun City』のミュージシャンにはよく似合う。

 当時をリアルタイムで経験していたおっさんから言わせていただくと、あの頃、アパルトヘイトに反対する世論なんて、存在しないも同然だった。

 一応、国際世論らしきモノが、か細い声でアパルトヘイトに非を鳴らしてはいたように見えたし、実際南アに対する経済制裁措置も行われていた。が、南アを経営していたのは現地の独裁者などではなく、欧米に拠点を置く多国籍企業たちなのだ。経済制裁なんて建前だけで、実際にはやりたい放題だったのは子供でも知っている。

 バブル華やかなりし頃の日本では、女房連中がCMに乗せられてスウィート・テン・ダイヤモンドなんてシロモノを欲しがっていたが、そのダイヤモンドが、南アの黒人たちの文字通りの膏血を吸って輝いているのを、知っていたのか、知らなかったのか。 

 アフリカを含めた第三世界の不幸は、ほとんどの国において、豊富な資源が存在していた、と言うコトである。
 南アにおいても、先に紹介した曲『SILVER & GOLD』が喝破したように、地球上でたまたま南アの地に金銀ダイヤやウランが偏在していたために、かの地の先住民たちは奴隷以下の辛苦を舐めさせられてきた。

 偏在しているのは、資源だけではない。
 水も、食料も、安全も、力も、偏って存在している。
 そして、忘れがちだが、言説、言論と呼ばれるモノも、この世界においては偏在しているのだ。

 この世界を満喫している、超大国アメリカや我が日本のエスタブリッシュメントの言い分は、それこそ毎日毎日、百万言を超えて垂れ流されている。
 この世界で呻吟している、南アの黒人や、空爆を受けている最貧国の子供たちの言い分など、ほとんど語られるコトなんかないではないか。

 事実、遠い南アでの黒人たちの難儀なんて、新聞でもニュースでもほとんど語られるコトは無かった。
 現在で言えば、イスラエルによるパレスチナ侵略に対して非難がましい世論がほとんど存在しない現実に、かなり近いモノがあった、とイメージしてもらっていいと思う。
 誤解の無いように付け加えておくと、パレスチナ侵略は、アパルトヘイト以前から現在まで存在し続けているのだが。
 さらに言うと、アパルトヘイト制度下の南アとイスラエルのやり口は、チョムスキーやサイードが指摘しているとおり、極めて似ているのだ。

 『Sun City』は、「何故、この世界は、こんな有様なのか」、それについて歌ってしまった。

 アパルトヘイトが見過ごしにされている状況に加担している人間は、冷水を浴びせられた気分だっただろう。
 南アと取引を続けてきた、背広を着た犯罪者たち。
 レイシズムを正当化するために、一生懸命本を読み、文章を書いてきた似非知識人。
 多国籍企業の役員室から送り込まれてきた政治家たち。
 そして、高額なギャラに転んで、サン・シティで演奏して帰って来た、おめでたいミュージシャン。

 『We Are The World』に出演した何十人ものミュージシャンのうち、『Sun City』に名乗りを上げたのは、スプリングスティーン、ホール&オーツ、ディラン、ゲルドフのわずか5人。

 無意味な問いかもしれないが、それでも、当時の私は思った。
 マイケル=ジャクソンは、ポール=サイモン(翌年『グレイスランド』で物議を醸すコトになるが私は好きです)は、スティーヴィー=ワンダーは、何故、『Sun City』に参加しなかった(出来なかった)のか、と。
 大人の事情(=芸能人的事情)ってモンがあるんだろうな、しょうがねえよな、とも思ったが。

 そう。
 まさに、その、「大人の事情」が、この『Sun City』プロジェクトに対して、どのように反応したのか。

 AUAAによって、南アの現実が大きくクローズアップされた時、反動的な反応も強かった。
 いわく、
 バランスを欠いている。
 公正中立ではない。
 偏向している。
 反体制的だ。
 など、など。

 私は今でも思っている。
 「公正中立」な言説、バランスの取れた意見、そんなモノは存在しない。
 偏向していない意見なども、存在しない。
 逆に、そのようなレッテル貼りによって、相手の言説を貶め、自分たちが不偏不党で公正中立な存在であるかのように装う輩を、私はあやしむ。
 カウンター・パンチのコトをアジテーション、プロパガンダと呼ぶのなら、ソレは大いに結構ではないか。

 南アフリカでは、当然、『Sun City』は発禁になった。
 アメリカの半分の州でも、『Sun City』のオンエアが自粛された。
 保守的な地域のラジオ局は、この曲を放送するコトを拒否したわけだ。
 空前の豪華メンバー、素晴らしい楽曲、音楽ファンの間では傑作と言われたPV。
 しかし、『Sun City』は、『We Are The World』の何十分の一かくらいの売り上げしか記録できなかった。ヒットチャートでも、確か、上位には入れなかったはずである。

 コレが現実だ。

 ソレでも、この『Sun City』が発表されるや否や、音楽業界では「サン・シティへの出演は恥ずべき行為である」と言うコンセンサスが成立した。
 槍玉に上がったクイーンは、大慌てで「今後は南アフリカでは演奏しない」と声明を出し、その後は、頼まれもしないのにせっせとチャリティー・イベントの類に積極的に参加するようになる。
 それ以外の、サン・シティの常連ミュージシャンのほとんどはだんまりを決め込み、しかし、以後、サン・シティに出演する者はほとんどいなくなった。

 ほんの少しだが、世界は変わったわけだ。

 6年後の1991年、ネルソン=マンデラは釈放され、アパルトヘイトは撤廃された。
 『Sun City』の存在が、現実世界においてどれほどの影響力を与えたのか、誰にも確かめようも無いコトだろうが。

 2010年のワールドカップは、その南アフリカ共和国で開催される…。

 *************************************************

 坂口安吾の『堕落論』を読み返して、「63年前の文章だってのに、なんてロックなおっさんなんだ…」と、改めて感嘆してしまった。

 反対に、日本人であるコトが、最大の、もしくは、唯一のアイデンティティであるかのような物言いの輩が、最近目についてしょうがない。特に、ネット上で。
 不景気になると、若年層を中心に排外主義や国粋主義が台頭するのは、歴史が教えてくれるところであり、ナニも目新しい現象ではない。
 つまり、この何十年か、俺たちは何にも変わってない、ってコトだ。

 ネット右翼のいい気な言い分は、アパルトヘイトやガザ地区侵略や「水晶の夜」と地続きである。

 それでも、国境は乗り越えられる宿命にあり、ソヴィエト連邦が崩壊しアパルトヘイトが消滅したように、国家は永遠ではありえない。

 夭折した川村カオリの歌を、私はこれからも愛さずにはいられないだろう。

 黒人でありながら、サン・シティの常連だった「ソウルの神様」レイ=チャールズは、2004年に死去した。

 『Sun City』に参加したジョーイ=ラモーン、デヴィッド=ラフィン、エディ=ケンドリックスらも、既に鬼籍に入ってしまっている。

 黒人でも白人でもなくなったマイケル=ジャクソンは、つまり、この世界の絶えざる人種的相克について、さしたる意見も態度も表明しないまま天国に旅立ってしまい、もう地上(ここ)にはいない。

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コメント

自分と何の関係もない外国の話でイキられても、そんな話が管理人さんと何の関係があるの?って話で。
ぶっちゃけ、自分の実感で語っているぶん、ネトウヨの方が説得力あるよ 正論が正しいとは限らない

投稿: | 2009年8月14日 (金) 09時03分

Sun Cityの検索でこちらに辿り着きました。

ボクも実家にLPを置いてきたクチなんですが…当時を懐かしみもう何年も前からネットで音源を探していたところ突然、彼のiTunesでDL販売されました(今年に入って間もない時期に)

曲が曲なだけに販売される事はないのだろう…と諦めていました。iTunesを良く利用するのですが…取り合えず「癖」のように「Sun city」を検索はしていたのですが、これまでに販売はされていなかったのにです。

当時、ボクは大学生で深いバックボーンを理解してこの曲を聞いていたのではなかったのですがね。ホール&オーツやブルース・スプリングスティーン…ピーター・ウルフが好きで…。そうそう、確かに「We Are The World」に参加している豪華ミュージシャン達がそのままスライド参加をしているのかと思ったらそうじゃないんだなぁ…なんて不思議に思ったりしていましたね。

で、iTunesの英断(?)に拍手しながら取り合えずVersion 1のみDLしたのですが…

後日、やっぱりアルバムごとDLしようと思って再度iTunesへ…ところが!DL販売開始から一ヶ月も経たない内に、ハイ…見る影も無くなくなってしまいました。

貴方のブログを深く、深く拝読させて頂き 当時「不思議」としか思っていた事柄が「なるほど!」と良く理解できました。

単純にiTunesでやっと販売されたと思ったら、即 販売停止になっていました…と言うお話からこのブログに巡り合ったと言うチラシの裏的な書き込み…申し訳ありませんでした。

投稿: HIDEKIT | 2010年2月23日 (火) 18時41分

 はじめまして!ようこそいらっしゃいました!
 そして、コメントありがとうございます!
 
 なんと! Σ(゚Д゚; iTunesで(一時的にでも)販売されていたとは…!不覚です…!
 Amazonとか見ると、『Sun City』のCDアルバムって、凄いプレミアついてたりするんですよね…私も欲しいです。
 今では、Youtubeにアップされている動画でくらいしか、聴くコトが出来ないんですよね…。本当に…。

 そしてそして、
 『Sun City』が好きだ、と言う方を見ると、むちゃくちゃ嬉しくなりますねえ… (^ω^;)

投稿: PAN太 | 2010年3月 4日 (木) 00時01分

すばらしい話をありがとうございました。

投稿: m | 2011年1月21日 (金) 03時00分

先日、NHKの洋楽倶楽部 80's という番組で Sun City を取り上げていて、検索でここにたどり着きました。

もともと80年代のロックはあまり好きではなく、とりわけ We're the world, Do they know it'S Christmas? などの偽善的な 上から目線は許せないものがあり、ここに書いておられる文章に深く同意しました。

そして、Sun City のかっこ良さ、骨太なメッセージには思いっきりやられました。これ本物のプロテスト・ソングですね。

PVに登場するアーチストが半分もわからず、(とくに黒人アーチストはお手上げ) あっあっ、今のはアレあのひとラモーンズ、あっルーリード、わっディランかよ!、あっ一瞬ピーターガブ・・・などとジタバタしながら見てましたが、ここで全員確認できて、なんかすげえ嬉しかったです。ありがとうございました。

それ以上に、この曲の背景、作られた経緯、その後などを詳細に知ることができてすごく良かったです。

また、PAN太さんご自身のご意見がスゴい響きました、心にずーーーん、と来ました。
とりわけ、「「公正中立」な言説、バランスの取れた意見、そんなモノは存在しない。・・・」の部分は、そう、そうだよな・・・と激しくうなずいてしまいました。
大きな声を出してものを言うための勇気、それによって引き起こされるすべてを引き受ける覚悟、自らの過ちも自覚していること、それらすべてを内包しているこの曲は、大ヒットすることはなくとも、「ほんの少しだけ世界を変えた」、その事実は永遠に残り、私たちにも勇気を与えてくれるのだなあ、と思いました。

長くなってすみません。
数年前の記事にコメ入れてすみません。
お目に触れることはないかもしれませんが、この記事に対して感謝の気持ちがあふれ、書かずにはおれませんでした。
どうもありがとうございました。

投稿: やまちー | 2011年8月21日 (日) 15時30分

中高生のガキながらWe are the World に何処か違和感、偽善を感じていたあの頃、この曲を初めて聴いた時の衝撃は相当なものでした。音楽の持つエネルギーというモノを強烈に感じた1曲です。
この様な背景が存在したとは…大変に興味深い解説をありがとうございます。
お蔵入りさせるには余りにももったいない、歴史を刻んだ1曲、DVDにはならないのでしょうかね??

投稿: STOMP | 2012年10月22日 (月) 00時06分

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