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2010年4月 3日 (土)

『奥サマは小学生』騒動に思う

 家族が寝たので、一人、『キャノン先生トばしすぎ』再読中。コレは、息子にも読んで欲しい…親の私が「コレ読め」と奨める訳にはいかないが。出来れば、私が気づかないうちに、こっそり勝手に読んでくれ。そして、このマンガを好きになってくれたら嬉しい。
               (3月20日 Twitterにて)

 ちなみに、息子はこの春、高1と高2。

 次男坊(15歳)の布団の下から、エロマンガを発見したので、アタマを5発殴った上で懇々と説諭したなう。ちなみに、見つけたのは、PONPON先生の『Positive!』。俺のエロマンガコレクションから持ち出したやつである。
               (3月27日 Twitterにて)

 まあ…そんな我が家です。 

 久しぶりのブログ記事は、『ハンザスカイ』でもラブプラスでもありません。

 実は、人面犬さんのブログの記事を読んで、コメント投稿しようと思ったのですが、意想外に長文になってしまったので、思い直して自分ちの記事としてアップするコトにしました。

 エロマンガ大好きな私が毎度お騒がせします。

 人面犬さん、自分で言ってますやん。

 >当時、親に隠れて見ていた「毎度お騒がせします」とこの「ルナ先生」は、性の目覚めそのものでした。(笑)

 大人に「ダメ」って言われたって、抑圧されたって、わしらみんな、セックスに興味津々な子供でした。
 人の子の親になったって、あの頃の自分は裏切れないよ。
 隠したり、無くしたりしたって、私達がどうしようもなく俗で悪な存在である事を、免れられるわけじゃない。
 ただ、人前で言わないだけだ。

 私も、ゾーニングは必要だと思います。が、それは、「送り手と受け手・時には世間やお上を交えて行われる、終わりのない、きわどい綱引き」のようなものだと思っています。
 その時々の社会状況や、市場のトレンド、送り手の思惑などの要素によって、ゾーニングの線引きは常に揺れ動くでしょう。
 しかし、それで充分だと思います。
 ゾーニングしたって、どうせみんな、なんとかしてソレを踏み越えて手に入れようとするんだしさ!俺達がそうだったように!

 チャンピオンREDといちごは、「あと一歩で、ほぼエロマンガ誌」状態だとは認めます。が、しかし、それでも「一応少年誌」でこんなムチャしてる!ってトコロを、個人的にはこよなく愛してるので…このへんがエロマンガ誌にゾーニングされるような世の中は嫌だなあ!

 今回、たまたま槍玉に挙げられてしまった『奥サマは小学生』
 好き嫌いは別にして、私は個人的には「アリ」だと思っています。

 『波打ち際のむろみさん』の「精子かけて」のギャグにしても、性的な匂いこそ感じさせませんが、しかし、コレだって目くじらを立てようと思えば、なんぼでも出来ると思いますし。

 異論・異見がせめぎあい、作品が受容されたり淘汰されたりしていくうちに、ゾーニングの線引きについてコンセンサスらしきものがぼんやりと出来上がっていくのが(そして、なにかあれば、あっという間に形を変えていくのが)、健全な状況なのだろう、と思います。

 子供を盾にするか、隠すのか、という点については、私は「この状況下で、それが規制推進派に反撃する為の戦術として有効なのかどうか」という点にしか関心が無かったです…(;^ω^)
 ご家族を表に出す事は、正直、「規制推進派に、無用のツッコミどころを提供する可能性もあるのでは…」という危惧があります。
 「生活の事情」とか「どれだけ誠実に仕事に取り組んでいるか」とか、それは、敵側の石原や猪瀬だって言おうと思えば言えるコトなんですよね…。

 松山先生の誠実を私は疑いませんが、ただ、今回の反応は、あまり上策ではないなあ、と感じました。
 しかし、猪瀬の恣意的なミスリードの生贄にされた松山先生には、同情こそすれ、非難されるべき筋合いは微塵も無い、と信じています。その点、人面犬さんと意見は同じです。

 >「表現の自由」を守るために、やはり自主規制は必要なのではないだろうか思う。

 現実論としては、全くその通りです。
 しかし、敵は、松山先生の作品や、他にもたくさんあるエロ志向のマンガ一般について、「表現の自由を保障するに値しない」と断じているわけです。

 「ただエロばっか続くような漫画は低レベルだから表現物とは言えない」(猪瀬直樹)

 子供に見せたくないエロマンガよりも、「お前らに表現の自由なんか必要無い」などとぬかす大人の方が、百億倍も有害ですよ…。

 今この状況下に限っては、私達が第一に語るべきなのは、、「表現規制をかけられる前に自主規制」という現実主義な議論ではなく、「表現規制そのものがあってはならないこと」という根本的なコトだと思います。

 まだまだ語り尽くせないですが、今夜はこのへんで。

 ブログでか、Twitterでか、この「表現規制」の件については、またちょこちょこ語る事もあると思います。

 あと、塩山芳明氏の『出版業界最底辺日記』、オススメです。

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コメント

私がブログ書いたことに対し、早速な真摯な反応ありがとうございます。

PAN太家と人面犬家、まさに水と油というか対照的なマンガ環境だろうと思います。
『ヤングアニマル』でさえ「悪書認定」されておりますので・・・。

それはさておき、今回の事例は規制賛成派・反対派、相互の言い分が真っ向から対立し、当然ながら「結論」を導き出すことは不可能です。

>>ゾーニングしたって、どうせみんな、なんとかしてソレを踏み越えて手に入れようとするんだしさ!俺達がそうだったように!

小学生の頃、友達と自転車で江戸川周辺をくまなく廻り、エロ本探しをやっていました。
そこで見つけた「アクションカメラ」の衝撃は今でも記憶の片隅に残っています。
三十路を過ぎ、日々子供たちと接する中で、私の考えも変わり、やはり「有害な図書は隔離すべき」と強く思うようになったのです。
どのラインから有害か?というのは難しいですが、今回の『奥サマは小学生』は間違いなく「有害」だと感じました。
個人的ながら、「発射」(具体的な精子描写)まで行くのはやりすぎだと思います。
(作中では“練乳”となっていましたが・・・)

以前、チャットでもお話ししましたが、私の「性的二次元初恋相手」はプロゴルファー猿の紅蜂でした。
息子にも、そういった純な感情を持った小学生になって欲しいのです。

重ねましてありがとうございました。

投稿: 人面犬 | 2010年4月 3日 (土) 12時18分

 コメントありがとうございます!

 私は、「表現」に貴賎は無いと確信しているタイプの人間です。

 私の息子達について言えば、これからも彼らは、「悪書」「有害図書」と呼ばれている本を読む機会があるでしょう。それが、松山せいじ先生でも、あるいはたとえば氏賀Y太先生でも、私はおそろしくはありません。

 彼らの理性は揺らぎ、混乱するかもしれません。しかし、一冊の本に触れれば、その分、彼らの世界は豊かになるのだ、という楽観主義が私にはあります。
 松山せいじ作品、氏賀Y太作品が存在する世界は、存在しない世界よりも、その分、確実に豊かなのだから。

投稿: PAN太 | 2010年4月 4日 (日) 00時26分

人面犬さんのプログに対しての記事なら、ご自分のブログに書かずに
人面犬さんに直接コメントした方がフェアかと思いますが・・・。

まぁ、議会を始めNetでも規制賛成派と反対派がヒステリックになって
対立している状況ですから妥協点を見つけ出すのは至難でしょう。

表現の自由を巡って対立が激化するなら私は表現方法ではなく、流通で
確固とした規制を設けるべきと思いますが。
子供がよく利用するコンビニに過激な表紙を飾る本を置くのはマズイで
しょうに。

規制推進派の私が言っても狭量な反対派の連中には、聞き入れてはもらえないでしょうがねw

投稿: 通りすがり | 2010年4月 4日 (日) 08時04分

>人面犬さんのプログに対しての記事なら、ご自分のブログに書かずに
 人面犬さんに直接コメントした方がフェアかと思いますが・・・。

 「コメント投稿するには長文に過ぎるので、人様のブログを汚すのが忍びないから自分のところで書くよ」って断った上で書いてあるのですが…。
 それと、通りすがりさんの流儀で言えば、ブログのトラックバックも、アンフェアな機能としか解釈されない訳ですね。そうなると、世界中のブロガーさんが困ったコトになるのですが…通りすがりさん、どうか大目に見ていただけませんか?

 >ヒステリックになって
 >狭量な反対派の連中

 激しい対立は確かにありますが、ヒステリックと断じられるような状況が具体的にどこにあるのか、是非お聞かせください。
 自分と意見を異にする相手を指して「狭量」と決めつけたり、通りすがりさんはどうもレッテル貼りがお好きなようですね。
 貴方の意見が聞き入れられないコトがあるとしたら、その理由は「反対派の狭量」にではなく、あなたの「根拠を示さずに断定する杜撰さ」や「レッテル思考」にあるのかもしれませんよ?

 >子供がよく利用するコンビニに過激な表紙を飾る本を置くのはマズイでしょうに。
 
 コンビニ店内でも、成人向けコーナーが設けられる等のゾーニングが既に行われています。この点に関して言えば、私としては現状それで充分と考えています。
 ゾーニングを踏み越えて手を伸ばそうとする子供はこれからもいるでしょうし、大人としては、たとえ建前でも、そういう逸脱を目にしたら説教のひとつも垂れないとダメなんでしょうね。
 しかし、私はそういう逸脱を愛しています。
 そして、そのような逸脱を絶対に許さないような、物理的に不可能な状態にするような社会など、御免蒙りたい。そういう話です。
 狭量な話で、すいませんねw

投稿: PAN太 | 2010年4月 4日 (日) 11時20分

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